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 男子生徒たちがいなくなって、お姉ちゃんはいつもみたいにとっても嬉しそうな顔をしてる。



 どうして? なんで?





 ソノヒトハ、アノヒトジャナインダヨ?





 わたしの知ってるあの人は、強くて、優しくて、温かい。



 でも目の前のソノヒトは、確かに強いけど、怖くて、冷たい、今まで感じたこともないもの。



 歯の奥がかちかちと鳴ってる

 その音が頭の中で反響してる

 まるで怖いなにかが迎えにくる音みたいに



 視界がぼやける。

 怖くて眠れないことはあったけど、怖くて泣くのなんて、何年ぶりだろう?



 怖い



 こわいこわい



 コワイコワイコワイ



 どさっ!



 わたしは思わず、その場で尻餅をつく。



 わたしの出した音に気づいて、二人が駆け寄ってくる。

「つかさ、大丈夫!?」

「怪我してないか!?」

 ソノヒトはわたしに手を伸ばしてくる。





「いや、こないで………」

 気づいたらそんなことを口走っていた。



「あっ………」

 わたしはそこでようやく我に返る。

 恐る恐るあの人のほうを見ると、あの人は手を伸ばした形のままだった。

 きっと、あの人はわたしにそんなこと言われるなんて考えてもいなかったんだと思う。

 だってわたしの方も未だに信じられないから………。

 あの人の顔には無表情というより呆然とした顔。でもすごく、すごく、傷ついた顔。

 それを見てわたしは自分の言ってしまったことが、取り返しのつかないものだということを思い知らされる。



「わ、わたし、なんで―――」

「シン、ありがとう! ここからは私達で大丈夫だから!!!」

 わたしの後悔の呟きは、お姉ちゃんの不自然なくらいに明るくて元気な言葉によってどこかへと飛んでいく。

「あ、ああ…でも………」

 あの人もお姉ちゃんの言葉で我に返ったのか、わたしの方を少し見てから、言葉を返す。

 でもその顔は今にも泣きそうな顔にわたしは見えた。

 それはきっと気のせいなんかじゃない………。



「大丈夫、ありがとう」

 笑ってはいるものの、お姉ちゃんの言葉には誰の反論も許さない雰囲気があった。

 でも別にわたしを責めているわけでもなく、この場をなんとか平穏に収めるように必死だった。

 それはあの人のため、わたしのため。

 そのことでわたしはまた泣きそうだった。



「じゃあね!」

 わたしを立たせると、お姉ちゃんは全くいつもと同じ調子であの人に別れを告げる。

 わたしはそんなお姉ちゃんの手を強く握ってついていくことしかできなかった。



 わたしたちは呆然としているあの人からどんどんと離れていく。それでもわたしは振り返ることができなかった。





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