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「いい時間だな」
ここから待ち合わせ場所まで1時間もないけど、そろそろ集合場所に向った方がいいだろう。
先にオレがいといたほうがつかさも安心するだろうし、何よりこの寒い中つかさを待たせるわけにはいかない。
幸いにして仕事の方はもう出来上がるところだ。
「じゃあ、送るんでチェックお願いします」
「OK、まかせな! 次のお前の出勤日には返しとくから」
ブウウン
突如パソコンの画面が暗転する。
「あれ? 故障、じゃないよな………」
「そろそろとは思ってたけどな
今日社内で大規模メンテが入るんだ。どうせクリスマスで人がいないだろうし、って事らしいぜ」
「ハァ!? そんなの聞いて―――」
「なかったとは言わせないぜ?
トイレにあんなデカデカと貼られてたんだ、それともお前は今まで1回も社内のトイレを使わなかったのか?」
「ぐっ………」
さっきよりもニヤつきながら聞いてくる先輩に、反論が出来ない。
確かに目を通してなかったのはオレのミスだけど………、なんでそんなアナログ方法なんだよ!? 社内メール使えよ!
「多分社内の連中はもう帰ってるか、これを見越して動いてる。害があるのはお前だけだ
それにデータ自体は恐らく飛んでないはずだから実害はない
なーに2時間もあれば、このフロアのは復旧するさ」
いやいや、それだと待ち合わせに遅れるし
笑って解説してくれる先輩に俺は心の中でツッコミを入れる。
つかさを待たせたくないし、つかさと会える時間が少なくなるし、それに何より今日はすごく大事な事を話すってのに………
あと『Enter』を押すだけなのに………
なんでオレはあの時携帯を見たんだろ………
なんでオレはあの時コーヒーを飲みに行ったんだろ………
なんでオレはあの時etcetc………
頭に浮かぶオレの行動に対する後悔。
今まで生きてきた中で1番小さい後悔、でも多分1番残りそうな後悔。
「先輩」
「個人個人でパスワード、指紋認証。勿論それを他人に教えるのは、社長期待のシン君でも厳罰ものだぜ」
「ですよね〜」
力なく笑い、キーボードに頭を埋める。
すごく硬い
これがつかさだったら
「というわけでお前はここで俺と話すしかないな」
オレのささやかな妄想を、先輩が何が楽しいのか朗らかに笑いながら潰してくる。
何が悲しくてクリスマスに男2人で時間潰しに話さなければいけないんだよ!?
そんなんだったらつかさとメールしとくとか、今日の事をシミュレートしとくとかの方が、はるかに時間の賢い使い方といえる。
「っていうか先輩はクリスマス、1人ですか?」
ハッキリ言って先輩はモテる。ルックスもいいし、仕事も出来る。喋りも達者、気遣いも自然に出来るし、何より歌が神レベル。
そんな人が1人とは到底思えないのだが………。
「いや〜実はな今日女の子達とトリプルブッキングしちまってな〜。俺会社に泊まるしかないんだよ、参るよな〜
だから少しは俺の時間潰しに手伝えよな?」
「……いやだぁぁぁぁ!!」
社会経験の未熟なオレはこの状況では、ただ机に泣き伏せるしか術が思い浮かばなかった。
先輩はそんなオレの肩を叩くと、ニヤ付きながらコーヒーのおかわりを取りに出て行った。