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「ごめんなさい。わたし、好きな人がいるんです」
わたしはきっぱりそう言うと、目の前の男子に頭を倒す。
息が詰まるくらいの間。
苦しい、でも逃げたらいけない。これはやらなきゃいけないこと。
「あーやっぱり? そんな気はしてたんだ」
目の前の男子はバツが悪そうに笑うと明後日の方を見る。
なんて声を掛けたらいいのか分からなくて、黙っていることしかできないわたし。
「やっぱショックだけどさ………、その、柊もがんばれよ」
男子はフッたわたしを逆に励ますと、くるりと踵を返して歩いていく。
わたしはその背中が見えなくなるまで、頭を倒していたの。
わたしはもうあの人を好きになってしまった
嘘で上書きするのが不可能なほどに
それでもやっぱり胸が痛い
わたしなんかを好きになってくれる人に、それもあんなにいい人の申し出を断るなんて………
あの人がわたしを好きでいるかなんてわからない。
本当はラブレターをくれた誰かと付き合った方が幸せなのかもしれない。
でもあの人の姿を見ると、そんなちょっとした気持ちも飛んでいく。
あの人の姿を見るだけで
話しかけられるだけで
笑いかけられるだけで
胸がドキドキする。
苦しいけど、暖かいものが体全体を流れる。
「……シンちゃん」
わたしは愛おしい人の名前を呟く。
それだけでわたしの中に勇気が生まれる。
やっぱりあの人が好き
少しぶっきらぼうで照れ屋さん
だけど凄く優しくて、凄く強い意志をもって、わたしやお姉ちゃんやみんなを守ってくれる、あの人が………
わたしは目を瞑って、荒くなっている呼吸を整える。
「後二人」
わたしは呟くと、手を胸に重ねる。
それが終わったら、わたし………