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「ちょっと寄り道していいか?」
シンさんがそうおっしゃられたのは大学の門を出た時のことです。
この後の予定は私もシンさんも特にありません。ですので私は躊躇うことなく頷きます。
「晩飯は少し遅くなるかも」
「私は構いませんが」
予定があるとすれば、今日はシンさんの家で晩ご飯を頂くというところでしょうか
ただこれはもう日常のことなので予定とは違う気がします。
私の答えを聞くとシンさんは満足そうな笑顔をされます。
こういう時のシンさんは私を楽しませようと計画している時です。
「んっ」
差し出された手を私はしっかりと握り、シンさんはそれ以上にしっかりと、そして少しだけ早く歩かれます。
その様子から、私は自分の考えが当たっていることが確信できました。
シンさんが私を連れてきて下さったのは、見事な紅葉に囲まれている小さな小路でした。
「綺麗ですね」
「だろ? トレーニング中に見つけてさ」
得意気にされているシンさんを見ると、なんともいえない微笑ましい気持ちになります。
もっともあまりそういうことを言うと機嫌を損なわれますが
そうしてシンさんは、自身の瞳の様な真っ赤な一枚の紅葉を拾って渡して下さりました。
これは後で押してしおりにしましょう
「しかし本当に見事な椛ですね」
そう言って微笑みかけると、シンさんは何故かびっくりした顔をされました。
「これ『カエデ』ってやつじゃないのか?」
「そうですね、椛は紅葉の総称ですから楓といっても間違いではないのですが」
私は地面に落ちてる赤、黄色といった無数の葉から一枚だけ手に取ります。
「一般的にはこの様に切込みが深いのが椛、浅いのが楓と言われていますね」
「ってことは、オレがみゆきに渡したのは『モミジ』と言われるやつだったと………」
「えっ、あっ、そ、そうですね………」
何か私は不味いことを言ってしまったのでしょうか?
シンさんは体を小刻みに震えさしておられます。
「あ、あの―――」
「そんなの知るもんかー!」
突如シンさんが地面を蹴り上げます。
空を舞う楓、椛、銀杏の葉は大変に綺麗ですが、残念ながら今はそれどころではありません。
私の彼氏さんが大変なのですから
「見た目ほとんど変わらないだろ! C.E.出身をなめんなー!」
「あ、あの、シンさん………」
今一つ怒りの矛先が分からない為に、私はなんてお言葉をお掛けしたら良いのか………
「せっかくみゆきの誕生花が『カエデ』って調べたのに、間違うって!!
『モミジ』を渡すって! かっこ悪すぎるーっ!」
なおも絶叫したまま頭を抱えてしゃがみ出すシンさん、その耳は紅葉の様に真っ赤になっておられました。