『今できること』





 シンの機嫌は結局家に帰ってきても治ってはいなかった。

 さすがのわたしもそこで特攻をかけるほどバカではない。

 というより今日は登録しているネトゲの時間限定イベントがあるのだ。そんなに暇ではない!



 といった真に重大な理由から、わたしが寝る為の準備をしたのは、日付が変わって二時間は経ってからだった。



『……めだ! そっちに行っちゃ!』



 そして部屋を出たわたしの耳に叫びか懇願か、取りあえずそんな感じのものが入ってきた。

 この階にはわたし以外にはもう一人しかない。

 わたしは迷わずにもう一人の住人、シンの部屋に向かった。





「待ってくれ! 行かないでくれ! ―――」

 部屋に入って、シンの口から最初に出たうわごとから続くのはわたしが知ってる名前、シンが失った人達。

 その人達がどういった最後を遂げたのか、その場にいたわけじゃないけどわたしは知っている。



 シンの機嫌が悪かった理由は、ひょっとしてこれなのだろうか

 今まで良くも悪くもそれを思い出す余裕もなかったのに、この世界で平和な生活を過ごすようになったからなのだろうか?

 その人達の死はシンに原因があるわけじゃないのに



「ううっっ、みんな………」



 わたしが部屋に無断で入ると、何をしてようがシンは凶的なものをこちらに向けてくる。

 でも今はそれがない



 ただ過去の悪夢に襲われている少年。

 そこにはスーパーエースと称えられた闘志も、いつものふてぶてしい態度もなかった。



「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ」



 ぶつける呪詛は一体誰にか

 その人達の命を奪った者?

 守れなかった自分自身?

 シンは悪夢に襲われ続ける。



「困るよ」

「ハァハァハァハァハァハァ」



「困るよ」

 私はきみをゆる〜くするって決めたのだ。

 きみほどの高スペックそんなにはいないんだから!

 なのにこんなシリアスな展開に行くなんて!

 本当に困る!!

 そんなに苦しんだ姿を見せないでよ!



 そこから後は無我夢中。

 気がつくとわたしはベッドに入りシンを抱きしめていた。

 抱きしめているシンはわたしより大きいのに、まるで子供のようだった。

 小さい子供が泣いているみたいだった。



「みんな………、行かないで………」

「大丈夫、側にいるよ」

 力なんてないけど

 強い想いも格好いい決意もないけど

 側にいる



 きみは今、孤独じゃないよ





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