「ただいま」

「ああ、おかえり」

 出迎えの声はお父さんだけだった、見るとシンの靴がない。

「あれ? シンは?」

「ん? まだ帰って来てないぞ」

 あれからうっかり乗り過ごしてしまったわたしより遅いということは、かがみを送っていたのだろう。

 ……いや、送っていくだけじゃなくシンとかがみは二人っきりで―――



「そうだ。シン君がいない今の内に渡しとこう…例の物だ」

 わたしの悪い想像はお父さんによって中断された。

 お父さんがテーブルに置いた物はわたしが頼んで用意してもらった物だ。でも………。

「あっ、うん、これね。無駄になるかも………」

「なんだなんだ、シン君とまたケンカしたのか?」

「そんなんじゃないよ………」

「ふぅむ…まあ例の日までケンカはしないようにな、渡しにくくなるだろ?」

「うん、そうだね…今日は疲れたからもう寝るね」

 お父さんの言葉を適当にかわして、わたしは『物』を両手で持って自分の部屋に逃げ込む様に入った。

 悪い思考は疲れてるからだ。わたしはそう考え、自己新記録ともいえる早さでベッドに飛び込んだ。





『イニシャルの他に文字も彫ってくれるんだな』

『どうせなら、シンからかがみへ愛を込めて、って彫ってくれれば良かったのに………』

『お前がオレに渡す時にそうしてくれ。それよりこなたはオレ達の事許してくれるかな?』

『大丈夫だって、あんたが選んだのよ、私を。こなたも許してくれるわよ…ねっ、こなた?』

『えっ?』

 いきなりこっちを見てくるかがみ。

『こなた、オレとかがみの結婚式に来てくれよな』

『えっ!? ち、ちょっと!?』

 いつの間にかわたしの目の前に現れたシンがかがみの肩に手を回す。

『じゃあ行こ! シン』

『ああ』

 それだけ言うと二人は踵を返して歩き出した。

『待って、かがみ! 行かないでよ、シン、シーン!!』

 わたしは走ってるのに二人に一向に追いつかない。



 なんで?どうして!?



 がばっ



「ハァハァハァ…夢か…我ながらなんというベタな夢を………」

 わたしは無理に笑って、拭い切れない不安を汗と共に振り払う。



 あの二人がもし、もしもだよ、あの二人が付き合い始めても私はシンもかがみも恨まない。

 それはかがみが私より頑張った結果だし、シンが選ぶ結果なのだから。

 かがみが私と逆でも同じことを考えるはず、つかさやみゆきさんだってそうだ。

 覚悟はあるはずなんだよ…シンが自分以外の人を選ぶかもしれないってことに…でも、

まだだめだよ…まだ私、シンとしたいことがたくさんあるんだよ………。



 コンコン



 もう少しで泣きそうになっていた私の耳にノックの音が入ってきた。





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