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私は焦っていた。
今までの流れから多少の歓声が飛ぶだろうという私の予想に反して、会場が静まりかえったからだ。
確かにこのドレスはお母さんに色合い的に『ミスコン』に相応しくないと言われていた。それを私は押し切る形でこのドレスを選んだ。
理由は二つ、一つは色合いが私の好みだったから、もう一つはあいつのイメージといえる色合いだったから。
これを着れば、あいつが緊張から守ってくれる、そんな気がしたから………。でも、まさかここまで引かれるなんて………。
こういう時にサクラのごとく歓声を出すはずの身内のあいつらまで、私の場違いさに口を開けて引いている。
恥ずかしい…場違いなドレスを着てる自分の姿が、ドレスを着たらあいつが見とれてくれるんじゃないかと期待した自分の心が………。
「かがみー!」
どうしていいか分からず、下を向いてる私にこなたが呼びかける。
どうやらようやく歓声を出すのを思い出してくれたらしい。
どうせならいつもみたいに毒を吐いて欲しい。そうしてくれた方が後々気が楽になるはずだから………。
「絶望したー! かがみが綺麗になりすぎて絶望したー!!」
「うん! お姉ちゃんとっても美人さんだよー!!」
こなたに続いて、つかさも歓声を上げる。それがきっかけだった。
「おいおい、あんな美人が上級生にいたのか?」
「しまった、上級生は未チェックだった!」
「いや〜柊は前々から目をつけてたんだよな」
「馬鹿!俺なんて一億と二千年前から思ってたぞ!」
「普段のツインテールもいいけど、今の髪型も中々だよな〜」
「かがみん最高―ッ!! そーれ、か・が・み! か・が・み!」
『か・が・み! か・が・み!!』
こなたの扇動によってたちまち私の名前の大合唱が始まった。
戸惑いつつも歓声に応えながら手を振りつつちらっとあいつの方を見ると、
皆の行動に呆れてるのか、一人歓声も上げず、腕を組んで明後日の方を向いていた。
だけど、その顔は少し赤くなっているように私は見えた。
そして―――
『ミス陵桜は…三年C組柊かがみさんでーす!!』
『うぉぉぉぉぉぉぉ!!』
「うそ………」
湧き上がる歓声と紙吹雪が舞う中、私は呆然と呟く。
「かがみさんおめでとうございます」
「……みゆき」
みゆきが近付いて、私に祝いの言葉をかけてきてくれた。
「今日は負けましたが、本番では負けません」
周りには聞こえないくらいの小声でみゆきが私に告げる。
そう。これが本番じゃない。この結果に私達二人には意味がない。
「うん。私も負けないわよ」
私もみゆきの耳に囁く。
そうして私達は誰にも気付かれないくらい小ささで笑い合った。
「おう、お疲れ」
「まったくよ」
あの後、学級新聞やら地方新聞の取材やらを受けて、ようやく解放されたのはミスコンが終わってからすでに二時間も経っていた。
「わざわざ校庭で待っとけって、どういうつもりだよ?」
「ああ、お礼を言っとこうと思ってね。ダイエットに成功したのはあんたのお陰だしね」
「別にやったのはかがみだからな。それに礼ならつかさに言っとけよ、毎日2人分の弁当を作ってたんだし」
「うん。それともう一つあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「この格好どう思う?」
私はそう言ってドレスの裾を摘み上げる。
「ど、どう、ってあの歓声が聞こえなかったのかよ?」
「私はあんたの感想を聞きたいの」
あいつが褒めてくれたら、何人の歓声よりも勝るから…といっても、あいつがこういうのに興味を持たないのは分か―――
「そ、その…き、綺麗だ…似合ってるし、思わず見とれた………」
「えっ!?」
「2回も言うか!!」
恥ずかしそうにそっぽを向くあいつ。
私の方もまさかそんな事言われるとは思ったので、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
予想もしない沈黙、爽やかな春風が私とあいつの二人の顔をなでていた。
「な〜んてな、馬子にも衣装って知ってるか? そんなドレス着たら誰でもそう見えるって」
「な、なんですって〜!?」
沈黙を破ったのはあいつの軽口、ここで何か女の子らしい事を言えばいいのにそれが出来ない。
…恥ずかしいから…だからいつも通り喧嘩腰に返してしまう、……ひょっとしてあいつも…まさかね。
「そうだ!」
「どうした?」
「シン覚えてる? 私が『ミス陵桜』になったらなんでもしてくれるのよね〜?」
私は少し意地悪そうにあいつを見る。
「うっ! そう言えばそんな事言ったな…何したらいいんだ?」
散々私をバカにした手前、あいつはいつもよりあっさり首を縦に振る。
中々潔いじゃない、それに免じて………
「じゃあね―――」
私はあいつに耳打ちをする。