「お待たせーれい君ようやく寝たよー」

 つかさが私達のいるリビングに顔を再び出したのは、夜の十時を少し回ってからの事だった。



「随分苦労したなー一時間くらいはかかったんじゃないか?」

「そうなんだよーれい君は絵本好きだから何冊もせがまれちゃって。あっ、ありがとー」

 つかさは笑いながらこたつに足を入れる。

 私はつかさがさっき持ってきたお酒を準備していたつかさの杯に注ぐ。

 予定より遅くなったけど、これで酒宴を始められる事が出来る。



 ちなみに私が最後にれいに絵本を読んで聞かせたのは幼稚園に上がる少し前、今だと確か高学年用の本を読んでたはず

 つまり読み聞かせは口実にしか過ぎない。理由は最早言うまでもない



「じゃあ、始めるか」

 そう言ってシンはお酒の入った杯を掲げる。私もつかさもそれに続く。

「一年間、お世話になりました」

『こちらこそ』

 シンの短い言葉に私達は息のあった言葉で返し、三人でのささやかな宴が開催された。





「ところでつかさ店の方は大丈夫なの?」

 私はほんのりと顔を赤らめてるつかさに近況を尋ねる。こうやってつかさともゆっくり話せるのは久々だった。

「うん、順調だよー、お客さんも増えてきたし」

「じゃあ頼むから、開店時間を延ばしてくれ。十一時から二十一時までで週四は幻の店過ぎる」

 しかしつかさはシンの要望にも指をもじもじさせる。

「だってそれ以上早く開けて遅く閉めたらわたしが起きれなくなるよ〜」

「お前はどれだけ寝る気だよ!?」

「はうっ!」

「まあいいじゃない。別にそれでも店は潰れてないんだし」

 実際、帳簿を一度見せてもらったが、売り上げはつかさ一人なんて簡単に生活できる程の額は稼げてたし、

そもそもつかさはそういうのには無頓着というか無関心だから、問題はない。

「それにね、もう一つ訳があるの」

「何?」

「これ以上営業時間を延ばしたら、作る料理の味が落ちちゃうの。

 せっかく私の店に来てもらったんだからお客さんには美味しいものを食べてもらいたいし………」

「……そっか」

 私は笑みをこぼしつつ頷き、シンも何か感慨深げな顔をしながら杯を傾ける。



 恐らく生涯賃金といわれるものだと私やシンの方がはるかにつかさより多いだろう。

 私もシンも自分の仕事に誇りを持ってるし、やりがいも感じてる

 勿論選んだ職種に憧れや興味もあった。いわば今の職業は天職だ

 ただそれはつかさの好きというものとは違う



 つかさの腕なら多少料理の質が落ちようと、そこらの店は相手にならないし、客も来る

 営業時間が増えれば、客が増える可能性の方がはるかに高い

 頼もうと思えば、私やシンの他にも、実家の神社やライターをやってるこなたや医学会に顔が聞くみゆき等がいるし、

評判を上げる事も難しくない、上手く立ち回れば、日本でも屈指の料理店になれるかもしれない

 それでもつかさはそっちを選ばずに、自分の好きな事にとことんこだわって突き詰めるというのを道として選んだ。

 最初はつかさのそんな人生をせっかくの能力がもったいないと理解できなかった私も、

最近になってそういう人生もありかな、と思える様になってきていた。

 ただ私もシンもつかさみたいな人生を送れそうにはない

 そこまで私達は大らかじゃないし、今の生き方が性に合ってるのだ



「シンちゃん、注いであげるね」

「ああ、頼む」

「つかさ、私も貰える?」

「はーい」

 お酒の効果か、私達の周りには年末の一日とは思えない穏やかな雰囲気が流れていた。





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