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一瞬何がやって来たのか分からなかった。
冷静に考えれば俺とかがみ以外でこの家に住んでるのは一人しかいない
だがその二階から降りて来た『もの』の次の行動によって、俺達二人は完全にそんな事を考える余裕をなくしてしまった。
「ぱるまふぃおきーな〜」
「きゃっ!?」
『っーーー!!?』
つかさの小さな悲鳴。
文字通り固まる俺とかがみ。
パルマフィオキーナ。通称パルマ。イタリア語で『掌の槍』の意。
俺が高校時代にあまりにも都合良く、掌で女の子達の胸を掴んでしまう事が多かった事から、こなたが命名した俺の不名誉な必殺技。
もちろんこれを狙って出してなかった事は妻のかがみの名をもって誓う。
そう、これは女性を相手に決して出してはいけない禁呪の技。
それを二階から降りてきた『もの』、いや正確に言うならば、俺達の息子れいがかましやがった
おまけに名前まで叫んで発動したのだから故意というのが決定的。
これはいかに弁護士が『法曹界の若きツッコミ女王』の異名を取るかがみといえど、覆す事は不可能な事実。
(後から知ったんだけど、れいにこれを教えたのはこなただった)
しかも相手は俺の性別と次元を越えた親友の一人であり、かがみの無二の双子の妹、
つまりパルマを発動させたれいにとっては叔母にあたるつかさにだ。
「れ、れい! お前なんて事を!!」
なんとか我に返った俺がつかさかられいを引き離す。
「つかさごめんね、ま、まさかいきなりこんな事するなんて………」
「いいよ、いいよ、いつもの事だからー」
『えっ?』
つかさのいつも通りののんびりした言葉に俺達は思わず自分の息子を見やる。
れいはその視線にバツが悪そうに明後日の方角を向いた。
『いつもの事』ってどういう事だ?
つかさの発言は俺の思考を再び混沌へと誘う。
俺の中でのれいは先生の評価とそれほど大差がなかった。
年以上に大人びていて俺達夫婦を仲裁する事もしばしば、家族の中では一番冷静ともいえる存在。
それでも別に冷たいというわけでもなくちゃんと人の事が分かる優しい子。
こなたやみゆきに言わせると、俺とかがみの良さを足した存在、と評され夫婦で照れつつも納得したものだった。
だからこんな子供のいたずらみたいな事をするれいに俺は戸惑っていた。そしてかがみの方を見ると同じく困惑した顔をしていた。
「でもれい君、こんな事クラスの女の子にしちゃだめだよ、嫌われちゃうよ〜」
「お、おう、わ、わかってるよ!
……っていうか、元々つかさちゃんがスキを見せすぎなのが悪いんだからな!!」
言葉通り慣れているのか慌てる事無く、頭を撫でながら小さな子を諭す様に優しく言うつかさ。そして赤くなった顔で答える我が息子。
その様子は女の子に正論を吐いて泣かす優等生というよりは、
好きな子にかまってほしくてついつい泣かしてしまうやんちゃ坊主そのものだった。
ああ、しょうもないものも遺伝されてたか
心の中で嘆く俺、そして恐らくかがみも。
この手の異性の接し方は男には往々にしてある上に、俺達夫婦でバッチリこの遺伝子持ちなので、
仕方ないといってしまえばそれまでなんだけど、よりによって一番受け継いでくれなくていいものを………
ていうか親の俺達といる時とキャラ変わりすぎだろ………
「お姉ちゃん達、ご飯まだだよね? わたしが作るからリビングで待ってて」
「おれもてつだうぜ!」
「れい君ありがとー」
未だにこの状況に順応出来ていない俺達夫婦を置き去りにして、れいとつかさは手を繋いで歩いていく。
れいにも年相応の顔をちゃんと持ってるという事にホッとした反面、
親の自分達が知らないという事で俺は複雑な思いで二人の後ろ姿を見ていた。