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「うぁッ、すまん!やりすぎたッ!!」
ひっくひっく、と泣きじゃくる私を見て、シンはあわわあわわと慌てふためく。
かつん、と肘がコップに当たって飲みかけのニルギリ茶がゆらゆらと揺れる。
まるで私の心を映すかのように。
――――謝んな、馬鹿っ。
私だって驚いてるわよ、こんな風に自分が泣くなんて。
「……悪ノリしすぎた。本当にすまない」
「……慌てくふためく柊が珍しくて、つい、調子に乗っちまった」
俺、口下手だからさ、上手く言葉出てこないけど……。
と、とにかく謝る……よ。
………許してくれ。ごめん。ごめん、な?
と、泣きそうな顔をして、シンが謝る。
正直言うと、謝られても困るのよ。
だって、別にシンのこと、そこまで怒ってるわけじゃないんだから。
ただ、恥ずかして。
上手く言えないけど、形の無かった気持ちが表面張力を決壊してこぼれちゃっただけだから。
でもそんなの、やっぱし恥ずかしくて言えないから、真っ赤な目で頬を膨らませて憮然とするのが
今の私のせいいっぱい。
「もう、良いわよ」
鼻をすすり上げて、こぼすようにそう言う。
だって怒ってる訳じゃないんだから、意地張る必要なんか全然ないんだし。
無駄にケンカしたって、いいことないし。
その辺は、いい加減学習したつもりだし。
「でも、まぁ。そうね」
「ニルギリ茶のおかわりと、シフォンケーキくらいは奢ってもらっちゃおうかしら?」
えへへ、と笑う。
これは、軽い冗談のつもりで言っただけ。
『ふざけんな、なんで奢らなきゃいけないんだよー!』とか言い返してくるかな?とか思って。
「や、それは別に構わないけど……お前、心拍計ダイエットはどうすんだよ?」
でも、返ってきたのは私がすっかり忘れてた本日のメイントピック。
科学的考察の元に痩せるダイエットについて。
あぁ、忘れてた。
そう言えば、そんな話から始まったのよね、この一件。
「あ……明日から本気だすから、いいんだもんっ」
そこを忘れるから、私はきっと痩せないんだろうなぁ…。
しかも、いきなり決意揺らいでるし。
「柊の言う明日ってのが、俺と同じ時間軸で来ることを祈ってるよ」 「あと、それ」
シンの言葉の一部に脊髄反射した私は、彼の言葉を食い気味に不服の意思表明。
こうなったら恥ずかしついでだってのよ。この際徹底的にやっちゃうんだから。
「“それ”もやめて」
言葉が足らない私のセリフに、シンは『はい?』とか間の抜けた声をあげる。
鈍いわね、コイツ。
言わすってか。全部、私の口から言わすってか。
……上等だわ。
今 日 は 徹 底 的 に や っ て や る ゾ ?
「だーかーらぁっ、その、“柊”ってのやめなさいっ」
「下の名前で呼びなさいよ、いい加減っ」
あー…、えーっと…。
あさっての方向を見て、口ごもるシン。
「………今更呼び方変えるのは、結構照れくさいもんなんだ……ぞ?」
うっさい、さっきアンタノリノリで呼んでたでしょうが!
机を軽く叩いて、思わずツッコむ。
あんだけノリノリで呼んどいて、何が照れくさいだっつうの。
「そうしてくれないと、許してあげないんだから」
ふんっ。
頬を膨らまして、ふくれっ面で抗議の意。
いつもみたく、つーんと顔を背ける。
でも、視線を外すつもりでちらりと見た結露で雫を着飾ったコップには。
……ほんのりと紅く染まった私の頬が映り込んでいた。