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宝石のように、きらめく青空。
ふわり、とそよぐ風が耳に絡んだ髪をほどいて宙に舞わせる。
………なーんて、そんな爽やかなモンは目の前の世界にはない。
ぎらつく太陽は、まるで金のネックレスをぶら下げた
品の悪いおじさんのようなねばっこい笑顔で地球を焼き焦がす。
風は、てーと、RPGなんかでよくある、時間を止めるアイテムでも使用されたかのように動きを止められ、
じめじめと私の体に絡みつく。これはこれでスリップダメージみたいに地味に効く。
じわりと滲み出した汗で、前髪が額に張り付く。
くそぅ、朝早起きしてヘアアイロンで真っ直ぐに伸ばしてるってのに、台なしじゃないのよぅ。
それにしても日本の夏、強敵すぎ。勝てっこないわぁ。
うなだれた頭で、私は自嘲気味に敗北宣言。
見上げれば、街路樹に止まったアブラゼミがじーじーと声を枯らして鳴いている。
地獄の業火のように照りつける太陽を恨めしそうに見上げて、力の限り鳴いている。
織姫も彦星も知ったことかとばかりに、鳴いている。
ずいぶんあっさりと梅雨が明けたと思ったら、連日遠慮なしに首元を焼き尽くす灼熱の日差し。
特に今日の炎天下は、アスファルトがぐにゃりと融けて、靴がめり込んでしまいそうなほど。
今ならあの黒いセダン車のボンネットで目玉焼きができるに違いない。
いや、多分出来る。むしろ、やり遂げたい心境に駆られるほど、今日の日差しは異常だ。
「……なぁ、あそこで少し避難してかないか?」
シンもさすがに暑さに辟易とした顔で、目と鼻の先にあるファミレスを指差す。
「もう、涼しければどこでもいいから入りたい……」
顔を上げる気力を失い、うなだれたまま返す私。
玉のような汗がこめかみをつたう。
まるで降ろしたての書道の下敷きに、ひとしずくの水滴を垂らしたみたいに。
―――からん、からん。
涼し気なカウベルの音を奏でて開く天国へのドア。
店内から沸き起こる冷たい風が私たちの横を駆け抜ける。
続いて、いらっしゃいませー、と店員さんの声。
あぁ、まるで別世界ね。ひんやりと肌が冷えていくだけで体力が回復していくのを感じるわ。
店員さんの笑顔が爽やかなのが、また格別ね。
「おおぅ、生き返る」
「エアコンを発明した人はもっと評価されるべきよね」
愚痴めいたセリフをこぼしながら案内された2人席に座りメニューを手に取る。
「シン、何か食べる?」
「あ?…あぁ、ガッツリ食いたい気分でもないしなぁ」
そのまま私たちは無言で手の中のメニューに没頭。
互いに顔も見やしない。なんだかなぁ。
「なぁ、柊」
―――ちくり。
心が、小さな、小さな、錆びついた蝶番みたいな悲鳴を上げる。
出会って早数カ月、シンはまだ私を名前で呼んではくれない。
数多くの友人を名前でなく苗字で呼ぶ彼の中で、きっと私も同じ場所にカテゴライズされているのだろう。
「お前は何頼むんだ?」
そうね、とりあえずニルギリ茶でも飲もうかしら。
特に考えもなく、目についたものをオーダーする。
「じゃあ俺も」と同じものを注文する彼。
――――“柊”か。
まぁそれが別にどってことはない。
“辛い”とも思わないし、“悲しい”とも思わない。
ただ、やっぱり。
ちょっと、いやずいぶん。
……いややっぱ今のなし。訂正訂正。
うーん、そう、ね。ほんの少しだけ。
ほんの少ーしだけ思うんだ、“寂しい”って。
だから、つかさが名前で呼ばれてるのを目の当たりにした時なんて、
冷静を装うのに、今までの人生を費やすくらいの質量の努力を強いられたわよ。
「柊、お前人の話聞いてるか?」
…と、いけない、また自分の世界に入ってた。
ああ、ごめん。エアコンが快適すぎて、ぼっとしてた。ごめんね。
そう嘘で取り繕って、苦笑する。
本音なんて、惨めで言えないものね。
「ホラ、これ。お前欲しがってたろ?」
彼が何を言っているのかまだ理解出来ていない私に、ぶっきらぼうに突き出された小箱。
綺麗に包装されたそれは、まさか。
「誕生日だろ、今日。ほれ、プレゼント」
屈託のない笑顔で彼はそう言って、それを私に差し出した。