『未完成』





「なあ、こなた?」

「なに〜?」

 テレビのCMを見てある事を思い出したオレは、キッチンで晩御飯の準備をしてるこなたに尋ねる。



「明日ってバレンタインだよな?」

「そうだよ、それがどうしたの?」

「クラスのヤツには、その日だからって目の色を変えてたのが何人かいたけど、なんでだ?」

「なんでって…醤油、醤油っと…そりゃ決まってるじゃん」

「そうか? まあ、あんまりバレンタインに浮かれるのはどうかと思うけどな」

「なんで? 別にいいじゅん、貰えることを想像するのはどの男子にも許されることだよ〜」

「……ハァ………?」

 ……なんかオレとこなたの話にズレがある気がするんだが………。



「あ〜シン、シンの知ってるバレンタインをちょっと言ってみて」

 どうやらこなたの方もその事に気付いたらしく、料理する手を止め、居間に顔を出す。

「……バレンタインってのは…あれだ、農業用プラント『ユニウス・セブン』が壊滅した事件で………」

「あーやっぱりそっちか〜シンもゆる〜くなってないね〜」

「そんな事言われてもな」

 オレは睨みつける様にこなたの方を見る。



 この事件が発端となり、プラントと地球連合の戦争が本格的になったんだ。

 そのせいで、オレのいた世界はメチャクチャになってしまい、そしてオレの家族は………。



「ご、ごめん、ちょっと軽率だったよ………」

 オレの表情からその事に気付いたらしく、こなたは申し訳なさ気に頭を下げる。

 そういう行動をとられるとこっちとしても困る、別にこなたが悪いわけじゃないのだから。

「いや、気にしないでくれ。

 どうやら、こことあっちではバレンタインの意味が違うみたいだから」

「そうなんだよ。こっちのバレンタインは大切な人にチョコを渡す日なんだよ」

「大切な人に、か」

 気を取り直したこなたのバレンタインの説明を聞いて、オレは思わず呟く。

『血のバレンタイン事件』では大切な家族を失った人も沢山いた。現にオレの先輩だったあるパイロットはそれで母親を亡くしたらしい。

 そして、こっちの世界では大切な人の為に物を渡す。

 バレンタインに関しては逆…いやそれに関して『も』だ。やはりこっちの世界は平和なんだなと認識させられる。



 ゴン!



「イテッ! 何するんだ!?」

 突然の頭の衝撃に、オレは抗議の声を上げる。

「だから、明日はそんな顔で登校しないようにね」

「なんでだよ! オレがどんな顔しようが迷惑じゃないだろ!?」

「ほほ〜いいのかな? そんな事を言って」

 こなたはなぜか薄ら笑いを浮べてオレに尋ねてくる。

「何がだよ!?」

「傷つくと思うけどな〜そんな顔したら君が大切に思ってる人達が。せっかく渡したのにそんな暗い顔されたら」

「うっ………」

 思い浮かぶのは数人の少女達の悲しそうな顔。

 その子達からチョコがもらえるとは限らない。だが、もし彼女達からもらえたら物凄く嬉しいし、

オレが暗い顔をしたらきっと彼女達は悲しい顔をする。彼女達のそんな顔を見たくなかった。



「悪い………」

 そして、目の前の少女もそうだった。悲しい顔を見たくない、大切なヤツだ………。

「いいよ〜これでさっきのは借りなしだからね〜」

 指を振りながらこなたはオレにいつものユルい微笑みを向けてから、立ち上がる。

 オレが例えユルくなれたとしてもこいつに勝てない、そんな気がする。



「ところで、なんで渡すのはチョコレートなんだ?」

 オレは切り替えも兼ねて、再び質問をこなたにする。

「それはあれだよ、大人の事情♪」

「……業者の陰謀かよ………」

 どこにでも裏から牛耳る組織というのは存在するらしい。





別の日常を見る        進める