『What do you wish?』
1
「すみません、この席いいですか?」
自習室で勉強していた私に男の方が声を掛けて来られました。
「はい、どうぞ」
私の返事を受けて、男の方は向かいの席に座られました。
少ししてからはたと思い返しました。
先程、私の顔も上げずに返事をしたのは失礼だったのではないでしょうか?
お恥ずかしながら、私は一つの事に集中してしまうと他の事が見えなくなる事が多いのです。
治そうとは思っているのですが…とにかく今は無礼を謝っておきませんと………
「遅くなってしまいましたが、先程は…えっ!?」
顔を上げて向かいの男の方の顔を見て私は思わず大声を上げそうになりました。
「やっぱり気付いてなかったか…驚かそうと思って声変えてたんだけどな」
あの方は笑いながら紅い瞳で私を見ておられます。
「す、すみません! シ、シンさんと気付かなくて」
なんという事でしょう! いくら勉強に集中してたとはいえ、
いくら声色を変えられたとはいえ、あの方が声を掛けて下さった事に気付かなかったとは………
もう穴があったらずっと入っていたいです………
「み、みゆき、な、何もそこまで気にしなくていいぞ」
あの方が慌てて私を慰めて下さいます。
「で、ですがシンさんに失礼な事を………」
「みゆきは受験勉強してたんだろ? だったら仕方ないさ
みゆきは集中したら周りが気にならなくなるもんな」
「お恥ずかしい限りです」
「いや褒めてるんだって」
あの方に気まで使わせて私は何をしてるのでしょう?
確かに勉強は大事です。ですがあの方とお話しをするのは大事ですし、何よりもとても楽しいものなのです
その好機をみすみす手放していた事は悔やんでも悔やめるもんではありません
「シンさんも勉強しに来られたのですか?」
ですが今ならまだ間に合います
私は気を取り直してあの方に話しかけます。
「ああ、これをな」
あの方は私に御自分の持っておられる本を持ち上げて、表紙を私に見せて下さいます。
その本の表紙は『世界の歴史がよくわかる本』と書かれています。
「それは漫画ですか?」
「ああ、黒井先生がオレにピッタリだとさ、なめやがって」
「ですが漫画読みやすいですし、頭に入りやすいですよ?」
「っていっても完全に0からだしな〜、ほら、オレこの世界で生まれてないしさ」
「あっ、そうでしたね」
「だろ?」
あの方がお手上げのポーズを取った後私達は小さく笑い合いました。