「医者にならない理由は分かりました。では何になるという希望はあるのですか?」

 私の第二の質問にシンさんは力強く頷かれます。

 その瞳には何時もの様に強い意志の炎が宿っておられます。



「医療器具だ」

「エンジニアですか?」

「ああ、命を救う事はオレには出来ないけど、命を救う助けなら出来るんじゃないかってな」



「大丈夫なのですか?」

 私は思わず聞き返してしまいます。

 シンさんのこのお考えの深くには、助けられなかったある少女の出来事が強く残っているのでしょう。

 その少女は自分達のところに医療技術がなかって助けられなかった、とシンさんが悔しそうに語って下さった事がありました。

 だからそれに携わる事はシンさんにとって自身の過去の傷に触れる事なのですから。



「大丈夫、とは言えないな。

 ただ異世界に逃げて、過去から逃げてたんじゃさすがに駄目だろ?」

「はい」



 心の傷、こればかりはどんな医療を持ってしても治せないのかもしれません

 ですがそれで諦めては医者とはいえません

 そして私は医者を志す者なのです

 治す努力を惜しんではいけないのです



「なるほど、そのために少しでも現場を知っておこうと医学部に入られたのですね」

「ああ」

「すみませんでした。そんなシンさんのお考えも知らずに………」

「いや、悪いのはオレだ。みゆきだけでも言っておくべきだった」

 私もシンさんも頭を下げ終わるとお互いに笑みを交し合います。

 お互いの目標の為に応援しあう、もう何も迷いはありません



「じゃあ、行くか」

「あの〜まだ最後の同じ大学に来る理由を聞いていないのですが………」

 席を立ちかけて、何故かそのままの姿勢で固まるシンさん。

「……理由?」

「はい」

「…………」

「…………」

「行くか!」

「シンさん!!」

 ここまではぐらかされると逆に気になってしまいます。

 私はシンさんをじっと睨みつけます。

 残念ながら知らない事は知っておきたい性分ですから。



「それくらいはいいだろ………。好きなヤツと一緒の大学って超個人的なワガママで………」

 小声で真っ赤になりながらそっぽを向く、シンさん。

「…………」

 これは呆れて声が出ないのではありません。

 あまりのシンさんの可愛さに声も出ないだけです。

 今、泉さんが度々口にしておられる、『萌える』という症状が分かった気がします。



「わ、悪かったな! 最後の質問の答えが1番がっかりで!」

 子供の様にふてくされるシンさんに私はもう笑いを堪える事が出来ません。



「ふふっ、そ、そ、そんな事な、な、ないですよ」

「説得力がない!」

「す、す、す、すみません………」

 私は眼鏡を外し、目に溜まった涙を拭きます。

 そして一呼吸おいて

「嬉しいです」

「知るかー!!」



 シンさんはご自身の瞳よりも赤くなり、そして席を立たれ、肩を怒らしながらカフェを出て行かれます。



 勿論、私も後ろから後を追いかけました。



 多分これからもずっと。





〜 F i n 〜   






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