『タイミングの悪い日』
1
「なあなあ、いいだろ〜?」
そう言ってつり革を持ちながら、微妙に体をこっちに寄せてくるのは付き合い始めた彼氏、シン・アスカ。
「だから駄目って言ってるでしょ」
私は目も合わせずに強い口調で答える。
友人だった期間が長かった為、気心は知れた仲。だからこそ、こういう態度も取れる。
「そこを、な?」
シンの方もそんな私の態度を気にした様子もなく、なおも懇願してくる。
ここまで下手に出るシンは滅多に見れないし、要求を聞き入れてもいい気がするが、あいにくシンが行きたがってる場所はプラモ屋。
「嫌よ」
別に却下の理由はデートに相応しくない場所だからというわけではない。
今回はすでに行く場所を決めており、時間も決まっているのだ。
そしてシンとプラモ屋に行って予定の時間に出られたことはない。
残念だけど今日に至っては彼の要求は呑めないのだ。
「ちょっとだけだからさー」
それでも今日のシンは粘り強い。なおも私の肩に手を掛けて懇願してくる。
しかし私の方はいつも通りの私だから、それほど我慢強くなかった。
「いい加減にしなさいよ!」
「うっ………」
私の一喝に押し黙るシン。
その瞳はまるで捨てられた子犬の様で、良心に訴えかけてくる。
「あ、あのー」
突然聞こえる後ろの席からの声。
しまった、大声を上げすぎた!?
「いい加減にしたらどうだ、その女の人嫌がってるだろ?」
『へっ?』
私もシンも全く予想もしていなかった言葉に、顔を見合わせ肩越しに振り返る。
そこには無数の敵意ある視線が私の彼に向けられていた。