「じゃ、適当に待ってる」

 

そう言って俺は、震える指でスマートホンの通話スライダーを右へスワイプさせる。
震えた指が液晶から離れてしまい、すかっすかっと数度スワイプを繰り返す。

 

「はは………」

 

受話器越しに永森の声を聞き、胸の奥から止めどなく沸きあがってくる甘い感情に思わず破顔してしまう。
すーっと大きく息を吸い込んで、そこで記憶の奥底にある永森の髪のいいにおいが脳裏をかすめて頬が熱くなる。

 

数回首を振って冷静を努めて、ようやく溜め込んだ息を吐き出す。

 

たく、久しぶりに顔を会わすとは言え、らしくないったらありゃしないぞ俺。
気合入れて誘ったあの時の俺はどこ行ったんだっつーの。


もう一度空気を貯めこんで、今度は「はぁ」と、ため息にして吐き出す。

 

ファミレスのウェイトレスさん達(既に顔見知りとなりつつある)が、
そんな俺の様子を見て、今日もにやにやと笑っている。



いいからアンタ達は、ちゃんと仕事してください。っての。

 


――――とまぁ、こんな様子でさっきからもう20分近く経っている訳でだな。

 


会えない時間を重ねたせいか、自分の中で何かが大きく加速している感覚。
前にも増して永森の事を考えると胸が苦しくなる自分に戸惑いを隠せない。


冷めた感じで一線を引いているように見えて、油断してるとふわっと軽くその線を飛び越えて身を寄せてくるアイツ。


遠いと俺が勝手に思い込んでいた距離感を。
俺自身が傷つかないように無意識に設定したその距離感を、まるで鳥が飛び立つようにふわりと詰めてくる。


無意識を意識した瞬間。
それを永森が飛び越えてきてくれて。


すぐ近くで。
肩に髪が触れそうな距離で微笑んでくれる。


それが嬉しくて、でもなんだか切なくて。
心がねじれそうになる。

ねじれた心からポタポタと何かがしたたっていくのがわかるくらいだ。

 

甘くて切ない、その雫。
想いが雑巾絞りされてる様な心地になるその感覚。

 

そう言って伝わるだろうか。
申し訳ないが、俺の貧困な表現力ではこれが精一杯なんだ。


表現力がないってのは、それはそれで不便なモノだ。
だって想像力に欠けるから、それだけ不意打ちに弱いって事なんだぜ?


だからホントになんてことのない些細な事に、ありえないくらい心を乱されちまうんだ。



例えば、この前シネコンで顔を合わせた時なんか心臓が止まるかと思った。



待ってる時間を持て余してた(かがみが携帯にまったく出なかったんだよ)から、
なんとなく永森に電話しようか、でも用も話題もないのに掛けてそっけなくされるのもなぁとか。




……らしくもなくいっちょまえに悩んでみたりしてた瞬間にさ。




脳内で何度も再生してた“あの声”が俺の名前を呼んだから。

 

「アスカ君」

 

そうそう、こんなカンジにさ。



柔らかい声で包み込むように。

 

「おまたせ、ごめんね」

 

そんでもって、こんなカンジに……って本物じゃないかよオイ!



目の前に来るまで全く気づかないなんて、どうかしてるぞ俺っ!



数度目を泳がせて取り乱すも、なんとか「や、急に呼んだの俺だしさ」なんて必死で調子を合わせる。



張り詰めた戦争感が飛散して久しい今日この頃。



それは良いことなのかな?悪いことなのかな?なんて脳裏をかすめていく思いが。
久しぶりにこの目に映った彼女の姿で、見事にフリーズしてしまう。



ショートな着丈にタイトなシルエットの生成りのプルオーバーシャツ。

目にやさしいベージュで彩られたひざ丈のスリムパンツ。



栗色の髪によく映える、さりげない自然なカラーコーディネートに思わず見惚れそうになる。



それに引き換え、俺なんか今日はおもしろTシャツに下はジャージだぜ?w


『ぬののふく』って書いてあんの。Tシャツの前と後ろに。


ちなみにこなたの趣味な。断じて俺じゃないから。


でもさ、服装なんか特に気にした事はないんだけどさ。なんつうかアノ。
永森と釣り合い取れるように少しはその辺キチンとした方が良いのかな、なんて自己問答。



「へへ、いつものアスカ君だね」


「なんか安心するよ」



「……うん、すごくほっとする」



そう言って本当に嬉しそうな顔で向かいの席に座る永森。


脳みその芯あたりで音叉がキーンと響くような感覚。


なんというか最近の俺はいつもこんな感じ。


わかるだろ?もう説明するまでもないだろ?


自分自身に言い聞かせる。

 

さっきから早鐘のように打ち鳴らす俺の心拍音。



これが全ての証拠だよ。

 

もうなんていうかさ、照れくささが一周突き抜けて。
清々しさすら感じてしまうんだ。




――――――こういう時に気の利いた一言でも言えりゃあいいのに。




そんな出来もしないことを夢想しては、高鳴る鼓動に身を縮こませる。
まったく俺ときたら、この手の事にはてんでからっきしだ。




今更ながら思い知る。



俺らしくもないだろ?




女っけがないだのなんだのと馬鹿にされてきたこの俺がだぜ?




人は変われば変わるもんだなぁ。




どこか他人ごとのように感慨深く思ってしまう。



なぜだかは上手に説明できそうもないんだが。




今の俺はこの柔らかな日常を、言葉に出来そうもないくらいに愛しく感じているんだ。




それを伝える術がない自分が身悶えするくらいもどかしい。







―――――すー。
―――――はー。

 

永森は、眼を閉じて小さく深呼吸をして。
すぅっ、と息を吸い込んで止めて。

 


「………なんか久しぶり、だね……?」

 


引きつった笑顔でそう言って。
その笑顔のまま、数秒硬直したまま。




 

―――――つい。




 

と、眉をひそめてそっぽを向く。

 


「えー………?」

 


不満が声に出てしまう。

 

つかなんですか、それ。
普通に傷つくんだけど。


唇を尖らせて不満を言葉にする。
冗談めかして言ってるけれど、心の中では割と真面目に涙目だ。




 

「や、ごめっ、ちがうの!」
「なんか“シミュレーションしてきた”のとずいぶんちがったから!」

 

「……って、なにいってんだ、わたし」




 

両手をぱたぱたと振って、らしくもなく取り乱した永森は、
そのままの格好で再び硬直し、あさっての方向を睨む。




 

―――――シミュレーション?




 

思わず首を傾げて繰り返す。
何のシミュレーションだよ?


そこまで考えて、なんか自分に都合の良い想像が脳裏をかすめてしまって。
想像が脳みそのキャパシティを突破してしまい、頬が熱くなって俺も思わずそっぽを向く。




 

「……………………」

「……………………」




 

重なる沈黙。
気まずいというか、甘酸っぱい沈黙。


駄目だ、俺はこういう雰囲気を打開するにはあまりに経験が足りてない。


でも永森にそこを期待するのは、男としてはカッコ悪いし。
その経験に長けてる永森を想像する事は全力で拒否したい。



くそ、何考えてんだ俺。
バツが悪くなってちらりと横目で永森の様子を伺ってしまう。



小さな咳払いと共に向かいの席に座る彼女は、
頬を朱く染めて困ったような笑顔で「今の忘れて欲しいかも」と小さく舌を出して笑う。



…………ッ。



その滅多に見ることのない蠱惑的な表情に電極を撃ち込まれた心地になる。
脳裏をかすめた拙い利己的な想いが、甲高い破裂音を立てて霧散していく。



何度目だよ、こうやって救われてさ。
こうやって心を鷲掴みにされるのは。



まともに顔を見ていられなくなって、うつむいてしまう。
それでもなんとなく気になって、ちらりと視線を向けて。

 

「…………?」

「…………!」

 

ばっちりとお互いに目が合って。
焦って思わずうつむいてしまう。

 

くそ、中学生か俺は。

 

それでも居心地の良い感覚が。

まるでふわりと優しく髪を撫でられた様な心地がして目が細まってしまう。

 


なんなんだよチクショウ。

らしくないにも程があるだろ、俺。




 





「最近なんかさ、忙しそうだったな」



改めてドリンクバーから調達してきた飲み物を一口流し込みながら、
こちらもずっと思案してた一言目(苦笑)を紡ぎだす。



「ごめんね、バイト、してた」



返事は想定していたもの。
それは質問じゃなくて、彼女と会話がしたくて俺から放るボール的な何かだから。

 

「ああ、八坂とかがみから聞いてる」
「かがみのとこの社務所で事務仕事やったりしてたんだろ?」

 

だから返ってきた彼女の言葉を受け止めて同じテンポで投げ返す。
実のところ、このやりとりが今とにかく心地良い。

 

「それと掛け持ちで家電量販店で光回線の契約取ってたりとか」
「不定期だけどメッセンジャーもやったよ」

 

へぇ、なるほどメッセンジャーはうなづける話だな。
その話はちょっと興味をそそられる。


それと光回線の契約ってPCとセットでン万円引きで売ったりするアレだろ?
ノルマとかあってキツそうだけど、すごいな。


意外とコアなバイトばっか選んでるじゃないか。


本音言うと割と本気で驚いた。
もっとコンビニとかファミレスとかそういうトラディショナルなバイトかと思ってたよ。


で、それはそれとして。
かがみからその話を聞いた時から真剣に考えてた事を聞いてみる。
それはここ2ヶ月弱、俺を本気で悩ませてた事柄だ。


そう、それはつまり。

 

 

「……で、巫女服は着たのか?(キリッ」


「………聞くトコはそこなの?(ジトッ」

 

 

むむ、真剣な質問なのに、呆れ顔で睨まれてしまった。

 

や、気になるだろ普通?
男なら当然聞くだろ?聞くよな?


俺だって健康的な高校生だぞ?聞かいでか!


『私、気になりますっ!』ってなもんだ。
あ、コレこなたが最近ハマってるセリフな。



使い勝手が良いので俺も感染した。
ちなみに最近ゆたかにも感染した。



大丈夫か、泉家。
割と真剣に不安。



や、そんなことは良いんだよ。
話を戻そうじゃないか。



………そもそも、だ。



クールを気取ったところで、そりゃあ俺だって性欲は普通にあるし。
女の子にまったく興味がないなんて聖人を気取ったりもしない。



と言うか、それとは別問題でだ。



気になる女の子が非日常的な服装で仕事をするなんて気になるに決まってる。
そこに興味はつきない。


むしろロマンがあると言い換えてもいいね。

 

言い換えてもいいねッ!

 

大事なことだから二回言ってやったよ、コンチクショウ。
握り拳を振りかざして心の中で力説する。

 


「…………あのね、社務所で事務仕事って言ってるでしょうが」

 


そう告げる永森さんは、眉間に深くシワをよせてらっしゃる。


唇を尖らせて頬をぷくっとふくらませ、むーっと憤慨の表情。
ああ、これはこれで可愛いな。うん、眼福眼福。

 

………や、そうじゃなくてだな俺。

 

つかここまで憤慨してる事から察するにだ。

 


ひょっとして、声に出てたのか。
つか、いつからだ。

 

 

「“俺だって健康的な”あたりから、だよ」

 

 

そっか、そこからかぁ、って馬鹿!
まんま最初からじゃないかよオイ!

 

書きしたためたポエムを朗読されるような心境に身悶えする。
恥ずかしい、死ぬ。死んでしまう。

 

もうね、今すぐシャボン玉みたいに弾けて消え去りたい気分なんだけど。
えっと、ミラージュコロイドってどうやって貼るんだろう?

 

むぁ、らしくないぞ、俺。

 


普段から必死にクールを気取ってるっていうのにさ。
よりによって永森にカミングアウトしちまうなんて。


何が“性欲”だっつうの。
女の子に言う単語じゃないっつうんだよ、もう最悪だよ俺。

 


―――――ぞく。

 


ってオイ、ちょっと待て。
引きつり笑いのまま硬直。

 

今、背中に氷水を流し込まれたような心地がした。

 

そうだ、問題はそんなトコじゃない。
もっと“ヤバイ事”を言ったぞ、俺。

 

 

“気になる女の子が非日常的な服装で仕事をするなんて気になるに決まってる”、とかなんとか。

 

 

待て!
待て待て待て!

 

ちょっと待て!
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!!

 


つまりアレか?


俺は、永森に。

 


“気になる女の子が”とか言っちゃったって事か?

 


―――――ちら。

 


そーっと横目で彼女の様子を伺う。
向かいには熟したりんごみたいに真っ赤になって俺を睨む永森の顔。

 


「………巫女服でデスクに座って伝票切ってたらおかしいでしょ、まったくもう」
「………まったく、もう」

 

「まったく、もう!まったく、もう!まったく、もう!」

 


ははは(苦笑)。
首まで真っ赤ですよ、永森さん。

 

まぁ、俺もなんですけどね。ははは(苦笑)。

 

もうねw



なんていうか死にたいw
穴があったら頭からルパンダイブしたいw

そしてそのまま埋まりたいw

 


あーもうクソ。


 

もう最悪のカミングアウトだコレ。

 


天を仰いだ。

 

 

聞かれた。
聞かれてしまった。

 


隠しておきたい俺の本音を。
俺自身が、まだ上手に表現できないその本音を。

 


どーすんだ俺。
ここからどうやってリカバリーすればいいんだ俺。




助けてくれ、さっきからこっちをガン見のウェイトレスさん達。
どんな辛辣な突っ込みでも良いから、この場をギャグにして流してくれよぉ。






―――――――――にやにや。






ああ、そうですかそうですかッ!
あえて言ってやるよ、仕事しろコンチクショウッ!

 



 

「…………バ、バイトしてっ」
「そ、そうだ、バイトして何か買うのかっ?」



思いあぐねた結果、特に展開なんか考えずに言葉を紡ぐ。



沈黙ってのは、続けば続くほど場の空気をがんじがらめにしてしまうからな。
多少稚拙であっても、今は空気を動かす方が良い。


伸るか反るか、運に天を負かして今は走る!

 

「……えっ。あ、うんっ」
「あの、ねっ、自転車っ、をねっ!」

 

よっしゃ、伸った!

 

胸を撫で下ろす。


永森が流れる空気に何とか乗ってくれた。
ありがたい。サンキュな、永森。

 

「ちょっと値の張るヴァージョンアップを、ね」

 

へぇ、メカ的な話か?
展開を考えてなかった割に面白そうな話題に軌道が乗りそうで、思わず身を乗り出す。


自転車の話は大衆車(ホームセンターで買えるMTB程度)くらいしかわからないが、
この前乗らせてもらった“ああいうマシン”ならすごく興味あるな。

あれ、なんつーか、“刃物的な鋭利感”があって嫌いじゃない。

 


「あ、その………。や、ごめん」

「あんまり、自転車の話はね、したくないかも」

 

気まずそうに瞳を逸らされる。
動きかけた空気が再びその場でたたらを踏む。

 

「え、なんでさ?」

 

思わず素直な疑問をぶつけてしまう。
それが嫌悪からくる拒否なら俺も潔く言葉を収めるんだが、その表情は羞恥からくるものだったから。


永森との間にそういう障壁があることがなんとなくイヤだと感じたんだ俺。
ただのガキじみたエゴイズムだと笑われるのかも知れないが。

そう思ってしまったんだからしょうがないだろ。
こういうのは理屈じゃないんだよ。

 

「ほら、ぶっちゃけた話、女の子らしくないと言うか」

 


「…………引かれるの、やだから」

 


そう言って苦笑する永森。
何に引く事があるって言うんだよ、馬鹿。


そもそも俺たちがまともに会話するようになったきっかけは、
最初会った時の男の子の自転車だったろうに、今更だっつうの。


それにその自転車、ってアレだろ?


この前乗ってた白いヤツ。
アレ、カッコ良かっただろ。


趣味の世界ではな、昔っから良いモノは理屈抜きにカッコ良いって相場が決まってるんだ。

意匠って言うのかな。

やっぱり俺には上手く表現できないが、そういう矜持を秘めたモノが持ち合わせた魅力ってのは、
老若男女問わず人の心を掴んで離さないものなんだ。

 

握り拳で力説する俺を、永森は驚いたような恥ずかしそうな顔で見て。
でもちょっと嬉しそうに笑って。

 

「………ううん、違うんだ」

 

なんてつぶやく。
そんな永森を見て、思わず心臓が跳ねる自分に驚……かないな、もう。

いかにニブチンな俺であっても、その心の奥にある形のないこのユラユラしたモノが。
おおよそなんであるかわかって……。

 

ってアレ?
『違うの』ってあのマシンと違うのか?

 


「うん」
「ヴァージョンアップしたのは、あの時のマシンじゃなくて私のメインマシンの方」


「LOOK・KG171って言うんだけどね」
「バイトしたお金でマシン構成を大幅に変えたんだ」

 

あぁ、なるほど。そういう事か。
あの時の白いのはサブマシンって訳だな、うん理解した。

 

「そうそう。で、ディ……じゃなくてあの白いマシンはこの前、他人に譲っちゃったから」
「今はもう私の手元にはないんだよ」

 

え、譲った?



思わず鸚鵡返ししてしまう。


……ってアレ相当するだろうに。無論、金額的な意味で。
何と言うか、永森らしいと言うか。


豪胆だな、とか言ったらさすがに怒られるだろうから口をぎゅっと結んで(今度こそ)沈黙を貫く。

 

 

「………“ずっと前”からの約束だったから」


 


照れくさそうにこぼすその表情。
柔らかな微笑みに微かに沸き起こる嫉妬心。








「………約束ってなんだよ?」

 

あれ?
なんだよ、今言葉を発した瞬間、胸に走ったちくっとした痛みは?


不安6割、悲しみ3割、怒り1割みたいな惨めな胸の痛み。


なんだよコレ。
俺らしくもない。


眉間にシワがよっていくのが自分でもわかる。

 


「こぉら、そんな顔しないの」

 


永森が困ったように微笑む。

 

それでようやくハッと我に返った俺は。
手で口元を隠して表情を見えにくくして、思わず剥き出しにしちまった嫉妬心を誤魔化す。


そんな行為が無駄なのは自分でも解ってる。
どうせ永森には見破られてるんだろう。

 

だってくすくす笑ってる。
クソ、耳が熱い。

 


「スマフォに写真あるから見て?」

 


しかめっ面で画面を覗きこんで思わず脱力。
ああ、はい、ナルホド。


差し出された写真を見て、全てを理解した。
醜い嫉妬心が一瞬ですっ飛んでいく。


と言うか、何だ。
これは自分が恥ずかしくなるね。うん。

 

液晶には白い自転車に頬ずりして、だらしない顔でにやける女子高生が一人。
つかオマエ何してんだかがみ。だらしねぇ顔だなオイ。


そう言えば、この前ドヤ顔で『今度こそはダイエット成功するかも知れないわよ!いやマジで!』とか言ってたっけな。
またかよとか思って聞き流してたよコンチクショウ。

 

「かがみさんにね、“ずっと前に”マシンを譲る約束をしてて」
「私、ずっとそれ忘れてたんだけど、この前やっと思い出して」

 

「かがみさんも思い出してくれて、それでこの前手渡しした瞬間」

 

―――――“あの二人は最強のライバルになった”んだ。

 

と微笑んだまま呟いた。
優しい笑顔。

 

けれど、思わず唾を飲み込んでしまう。



いつもの柔らかな雰囲気の笑顔。
慈しむような声。

 

 


―――――でも。
     
―――――見開いた瞳に静かに燃え上がる何か。

 

 

 

呼吸を忘れてしまったかのように魅入ってしまう。

 

 

           か お
…………永森ってこんな表情するんだ。

 

 


きん、と銘のある刀みたいな輝きを放つその瞳。

 


渇望感を満たす何かについに出会ったみたいな、そんな想いが溢れる眼光。

 

それは戦いに赴く戦士の様でもあり。
傷病人を慈しむ聖母?の様でもあり。

 

―――――クソ、やっぱりダメだ。

 

俺じゃあ上手く表現できそうもない。
とにかく、それはただひたすらに凛々しく。

 

俺はただ口を開け、呆けた顔で見蕩れることしか出来なかった。


 



 



「むー。やっぱり引いたー………」

 

 

唇を尖らせて上目使いで睨まれる。
その一言でハッと我に返った俺は、

 


「や、別に引いた訳じゃないって」

 

 

苦笑しながら首を振って否定する。

 


「引くとかじゃなくてさ」
「なんて言うか、かっこいいなぁというか」

 


口ごもりながら一生懸命に言葉を紡ぐ。


気の利いたコトが言えるような器用さは俺にない。
永森の誤解が解ければ、今はそれ以上は求めない。

 


「かっこいい、というか、その、綺麗だなぁとか」

 


小さく息を吸って。
少し貯めて解き放つ。

 


「………俺、お前の隣にいていいのかな?なんて素で思っちまったよ」

 


そう、それは本音。

 

 

あれだけ力ある眼をするほど打ち込める何か。
“永森やまと”は、そういう何かと共に生きている。


その表情は力強く、なお輝かしく。
ケレン味あふれるようで且つ、可憐でもあって。

見蕩れてしまうほど、カッコ良くて。

 


こうして前でコーヒーを啜る俺自身に一抹の不安を感じてしまった訳で。

 

 


「…………アスカ君」

 

 

永森が、あくまで静かな声色で俺の名を呼ぶ。
けれどその瞳は拗ねたように、じろり、と上目遣いで。

 

 

「…………怒るよ?」

 

 

そう、瞳はさっきの様な輝くを放つそれではなく。
そのまま泣き出してしまいそうなほど寂しそうに。

 


「私とアスカ君の間に“そういう障壁”があるの嫌だよ」
「……………嫌、だよ」

 


その表情はとても儚くて。
折れてしまいそうなほど、悲しそうで。

 


俺の胸の奥をぎしりと締め上げた。


 




 

「………なんかアスカ君、誤解してるよ」
「私は、そんな大層なヒトじゃない、よ」

 


自分の軽率さを呪う。

 

俺のせいだ。    
考えなしに放った俺の劣等感が、永森にこんな顔をさせている。

             か お
あの見蕩れるくらいの永森の表情を曇らせたのは他でもない俺の一言だ。
俺の自嘲じみた一言が、ここまでアイツの顔を曇らせたんだ

 



――――――クソ、俺ってつくづく馬鹿なんだな。


 


ふがいなさに拳を固くして、下唇を噛み締める。

 

 

「………むーっ、ホントに怒るよっ?」

 

 

拗ねたような永森の声が俺の耳に刺さり、再度自分のマヌケさ加減に目眩を覚える。



だから。
それがダメなんだって、俺。

 

いい加減気づけよ。
勝手に築いた障壁で、自分から永森を遠ざけるのをやめろ。

 


つうか何が“障壁”だよ。

 


何もない見晴らしの良い草原にありもしない“障壁”を勝手に設定してるのは。
他でもない、見栄っ張りの俺自身じゃないか。









そうやって拙く巡る、俺の思考を。









永森の一言が、見事なまでに切り裂いた。








 



「………私だって“気になる男の子”に会う前は、シャワー浴びてお気に入りの服に着替えるしっ」











「くぁwせdrftgyふじこ;p@:」

 

 

フル回転していた脳みそが唐突にグリップを失い、その場でタコ踊りを始める。
リアを盛大に振りっ返しながらも、心のクラッチを蹴っ飛ばして。

その場で思考が180°ターンするも、何とかその場でアイドリングを保つ。

 

つか、今。
なんかさらっとスゴイコト言いやがりませんでしたか、永森さん?

 


がばっと目の前の彼女の顔に向き直る。
耳から首まで真っ赤にした永森が、小さな声で。 



 

……………言っちゃえ言っちゃえ言っちゃえ言っちゃえっ。






と呪文の様に繰り返す。

 

その瞳はさっきまでとは打って変わって。
そう、例えるならソレは“ぐるぐるうずまき”。

 

なんだよ、コレ。
なんつーか、暴走寸前の俺みたいじゃないか。

 

や、俺のはこんな可愛らしくないけれど。

 


って馬鹿、言ってる場合か。
目の前の永森(混乱)が、拳を振り上げてらっしゃる。



「………私だって!」



「そ、その日の第一声を、い、い、一生懸命シミュレーションしながら来るし!」


「そのとおりできなくて、悲しくて、な、な、泣きたくなったりもするんだよ!」

 

たんっ!、と机に振り下ろされる拳。
くらりと揺れる2つのカップ。

遅れて波打つ琥珀色の液体。

 

周りを気にしてそーっと見回せば。
ジトーっとした目で俺を眺めつつ、仕方なさそうにっと片目を閉じるウエイトレスさんたち。


『他の客へのフォローは任せなさい』とアイコンタクトで雄弁に伝えてくる。

 




…………わかってますよ。





こちらも不敵な笑みで見つめ返す。
いつの間にか以心伝心だな、アンタたちとは。

や、もう“以心伝染”って言っても過言じゃないか。



あぁ、もう大丈夫ですよ。
わかってますよ。ウエイトレスさん。



だから、ここはその好意に甘えて。



ちょっと背中、預けますよ。

 




―――――がばっ。






冷めたコーヒーを一気に胃袋に流しこむ。




……………見ててくださいよ。


 

やりますよ。
やってみせますよ、俺だって。


いつまでも逃げてないで、ちゃんと形にしてみせますよ。
まずは心の中で言い切ってやりますよ。





『俺はな』

               か お
『自転車の話をしてる時の永森の表情がな』






『見蕩れるほど、好きなんだよ!』





…………ってなッ!



 





―――――――ッ。





どうだ。
まずは心の中。



形にしたぞ、コンチクショウ。



このまま溶けちまうんじゃないかってほど、耳が熱いけど。
ちゃんと形に出来たじゃないか。



だったら後はきっと呆気にとられるくらいに簡単だ。
大きく息を吸い込んで“覚悟”を決める。

 

くだらない障壁なんか俺には必要ない。
そして永森にも必要ない。




そんなものがあれば、俺が完膚なきまでにブチ壊す。 



 

………………というかだな。




そもそも、そんな障壁はそこに存在しないんだ。
俺にも、永森にもそんなモノは存在しないんだ。

 

存在させない。
俺がさせない。

 

そして、ないソレに怯える自分は問答無用ではっ倒す。

 


こくりと小さくうなづいて、永森の眼をまっすぐ見つめる。

 


「悪かったよ、永森」
「俺の言葉が良くなかった」

 

 

――――――むー。

 

 

睨みつける永森に負けじと、俺も真剣に見つめ返す。
もう逃げないって決めたから。



他でもない自分自身から。




「永森、真剣に聞いて欲しいんだ」



「俺は、お前といるのがどうしようもないくらい楽しいんだ」
「時間が経つのが早く感じて仕方ないくらいなんだ」



乾いてカラカラの口内を唾液で強引に潤いを戻す。
大丈夫。怯まないって決めたんだ、俺は。

 


「だからさっきの言葉は取り消すよ」

「この場所は、“俺じゃなくちゃ嫌”だ」

 


ばくんと心臓が跳ね上がる。
かたかたと指先が震える。


想ってることを伝えるのって、こんなにも緊張するんだな。



でもこれは心地良い緊張感だ。
感覚が解き放たれていく感覚に身震いしちまうくらいだ。




そうさ。
もう、そこに障壁なんかない。




思ったコトを言葉にするだけ。




俺自身が築いた幻の障壁なんか、ただそれだけで弾けて消える。



なぎ払う必要すらないのさ。
所詮、ソレはその程度の問題だったんだ。

 


「俺も、引かれるのを恐れない」
「これからは、ちゃんと言葉にする」




「………俺は永森といるのが心の底から楽しいんだ」





 


真正面から瞳を見つめる。




 

火が出そうなほど頬が熱いけど、そういうのも関係ない。
むしろもうそれすらも“心地良い”。



これが、これこそが。
俺の“覚悟”なんだ。





「だから、俺は、な」

「永森もそうだったら良いな、って思ってるんだ」





かつてこれ程、想いを言葉に替えて発したことがあっただろうか。
でもすごく晴れやかな気分だよ。



今の俺。
らしくないけど嫌いじゃない。




らしくない、それは別にマイナスの意味だけじゃない。
そんなアタリマエのコトに今更気づいたよ。



これからもずっと。
このまま、もっと。



俺は俺を曝け出すコトを怯まない。
永森が永森を曝け出すコトにも怯まない。



 

“それ”が、“俺”なんだ。
“それこそ”が、“俺”なんだ。






「もう誤魔化さない。これからはちゃんと言葉にする」

                                    か お
「俺は、永森が自転車の話をしてる時の表情、好きだ」



                                                      カタチ        
不器用なら不器用なりに真摯に想いを言葉にする。
それで伝わらなければ、そん時に考えれば良いんだ。

 

 


「えっと、あ、あの。その」



「………そ、そうなんだ」



 


「……………あぅあぅ///」

 

 

満足したのかどうなのか微妙な返事ではあるが。
永森は、ふにゃっと蕩ける様な(今日一番の)笑顔を作った。

 

 

―――――おおー。

 

 

ホールのあちこちからウェイトレスさん達の喝采が聴こえる。
つか背中を預かるのはもう充分ですって。


ハイタッチしてないでアンタ達はそろそろマジで仕事してください。


差し当たって、さっきから空のまんまのドリンクバーのコーヒーサーバーを満たすトコから。
可及的速やかに。



 

「………ははっ」

 

でも不思議と、突き抜ける様な青空みたいな。
そんな笑い声が自然に出てしまう。

わりかし悪くない気分だった。

 


「………へへっ」

 


前の席で、永森も楽しそうに笑う。
その笑顔で思い知る。

 

やはりこの場所には俺が座っていたい、と。



その笑顔を見られるのは俺でいたい。
俺が永森をいつでもその笑顔にしたい。



どんなに自信がなかろうと、もうそんなのはどうでもいい。

 

たとえ最も手強い、“人殺しと言う自分自身の後ろめたさ”と戦う事になっても。



俺も永森の隣でいつも笑っていたいんだ。

 

二人で笑っていたいんだ。
ただ、それだけなんだよ。



だからもう逃げない。



どうやってソレと戦えば良いのか、今はわからないけれど。
そもそも勝ち負けの問題でもないんだろうけれど。



もう絶対に。
俺は逃げない。

 

二人でこうして、笑っていたいから。




『人を好きになるのは、理屈じゃない』




それを言ったのは母だったか。
それとも妹だったか。

 

今ようやく、俺もそう気づけた。
理屈抜きにそう感じた。

 

それは照れでも恥でもなく。

 


今まで、最も“誇らしい想い”だった。


 






 


てててーん♪
てーんててーん♪

 


ファミレスの大時計が電子メロディを奏でて18時ちょうどになったことを告げる。

 


そろそろ時間だから行かなくちゃ、と。
永森がそう言って、名残惜しそうに笑う。

 

「私の愛車が生まれ変わってる頃だからね」

 

そう言う彼女はまるで子供みたいに輝いていて。
思わず見蕩れてしまう。


永森はもう自転車の話を怯まない。
俺も見蕩れてしまったことを隠さない。



その空気感が、今はすごく心地良い。



 

「今度、さ」
「メインマシンの方も色々話してくれよ」

 

「聞きたいんだ、永森のコト」

 


だからこうやって自然に言葉を繋げることが出来る。
何も気負う事はないんだ。

 

「……良いけど」
「すごく長くなると思うよー?w」

 

俺たちはこれでいいのさ。
だからこそ、永森も笑って言葉を返してくれるんだから。


結局、そういうコトだったんだよ。
そんな“障壁”は、最初からなかったのさ。


俺にも、永森にも。
最初から、そんなものなかった。


ただ、それだけのこと。

 


「長い上に、ちょっとノロケ入るけど……」
「そこは許して欲しいなw」

 


むぐぐ、ノロケか。
それは、なんか聞いてて痛々しくなりそうで怖いなw




――――――なんて、ごちてみるものの。




俺は思うんだ。
それはすごく聞いてみたいって。



クールな感じの永森がさ。
子供みたいに眼を輝かせて、愛車の話をしてるところをさ。



やっぱり俺は見てみたいよ。






「むー?アスカ君ひょっとして自転車に嫉妬してるw?」

「残念ながら、今のところはしてないよw」

 

 


―――――――ぷっ。

 

 

あはははははははっ。

 



一瞬の間の後。
二人で同時に笑い出す。

 


「もぅw」
「わかってるよ、そんなことw」

 

永森が楽しそうに笑う。
口元を綺麗な指先で隠して笑う。


その雰囲気のある様にまた魅入ってしまう。

 


「へへ…………私、結構」
「アスカ君の考えてること、わかっちゃうんだよー?」

 


え、マジで?


予想外のその言葉に、素直に感想を声に出してしまう。
俺は単純だけど、何考えてるか解りづらいって良く言われるのに。





 

「わかるよー?」




「…………でも何でかは、内緒」




 


ふわりと笑って。
すっと椅子を引いて、永森は席を立つ。



綺麗な指で、机に自分の飲んだ飲み物代を置く。



柔らかそうな栗色の髪を揺らして。
彼女は「またね」と、手を振って席を後にする。




「あぁ、夜にまたメールする」




そう言って俺も手を振る。


永森はそのままドアを開けて店外へ出るまで、振り返ることはなかったけど。
俺は、彼女が小さな声で「ん、メール、まってる」と返事をしてくれたのを聞き漏らさなかった。




……………どうしよう。
すげぇ嬉しいんだけど。




ちょっと目立たないようにガッツポーズしても良いですか?ってくらいに嬉しい。




でも、まぁそれはそれとしてだ(照)。
 


真面目な話、俺は思うんだ。


             か お
俺も、あの時の永森のような表情になれるような何かと出会えるのだろうか、と。
全ての情熱を注ぎ込める何を見つけることが出来るのだろうか、と。



                       め
青白く燃え上がるような永森のあの瞳。




俺も、あんなふうにありたい。




 

俺も永森にとっての自転車みたいな、そういう何かに出会えるのかな。




 

それは嫉妬や負い目じゃなくて。
そうだな、あえて言葉にするなら。


表現力に乏しい俺だけど。
怯まず言葉にするのなら。



それは、そう。
“憧れ”みたいなモノなんだ。



言葉じゃ言い表せない程の情熱を注ぎ込める何か。
ソレのためだったらいくら金を注ぎ込んでも構わない何か。


                 ひとしずく
どれだけ無様な姿を晒そうと最後の一滴まで力を絞り出す姿勢。


         ラ イ バ ル                   メンタリティ
輝く眼光で“強大な敵”に立ち向かう、その尊い心的状態。




「俺も永森みたいにありたい」

「“なりたい”じゃなくて“ありたい”」




想いは意思を紡いで、そのまま自然に舌に乗り言葉となる。
眼球に這う血管に凄い勢いで血液が注ぎ込まれる感覚。



「俺も永森に負けないような、何かと共に生きたい」


「これからは、そういう俺でいたいんだ」







――――――とととっ。




 


ふいに注がれた、カップのコーヒー。
見上げれば、そこには笑顔のウエイトレスさん。

 


仕事中につき私語を禁じられているその人は。
一言、口のカタチだけで、言葉を伝えくれる。

 


――――――“がんばれ”と。

 


そこで、俺は。
永森と同じ方向に歩いて行けている様な気がして。

 

 

両の拳を握りしめて。
この世界に来てから一番の笑顔で天を仰いだ。

 

 

ああ、そうだな。

 

 

この世界、は。
かくも楽しく。

 

 

―――――幸せに満ち溢れているんだ、と。




 

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project TEAM FLYDAY 
Sinse             07/25/2006
Last Update    08/31/2012