納車手続きをすませて。
操作説明をじりじりしながら聞き。
ようやく私の手に帰ってきたKG171。
見た目の変化は歴然。
ブレーキレバー、ディレイラー、チェーンホイール、その他。
それぞれアルミならではの輝きを放っていたパーツが軒並みブラックアウトされたカラーへと変更されている。
淡い黄色のフレームに渋い黒が映えて、めちゃくちゃ格好いい。
今までの金属的なカンジも格好良いけど、
やっぱりLOOKには、こういう新素材的なマテリアル感がよく似合うよ。
「この子のアッセンブル、ありがとうございましたっ」
「またこの子こと、よろしくお願いしますっ」
感謝の言葉をおじさんに告げて、綺麗な奥さんに手を振って。
笑顔で店の外に出た瞬間、とうとうこらえきれなくなった私は。
「………あぁ、もぅ、辛抱たまらないっw」
たまらず、がばちょと相棒に飛び乗る。
やぁん、にやにやが止まらなぃーw。
――――――ぱちり。
乾いた音を立ててペダルと一体化するシュークリート。
ショップにシューズ置きっぱにしておいて良かったよ。
やっぱり本気走りは、ビンディングペダルに限るでしょ。
「…………さて、と」
マシンにまたがったまま、くっと右手でフレームを持ち上げて、リアタイヤを浮かせる。
――――――しゃあっ!
左足を半回転させてチェーンを張ってホイールを唸らせて。
ざしゅっとその場にマシンを降ろす。
街乗りの漕ぎ出しを考慮して、チェーンホイールはインナーに入ったまま。
最初はそれでいい。
むしろ味わいたい変化はソコだし。
「では………生まれ変わったこの子の第一走をいざっ!」
高鳴る胸を抑えつつ。
足首をしっかりと固めて、ペダルを踏み抜く。
――――――くぉんっ!
気持ちのよいしなりで私を迎え入れてくれるカーボンフレーム。
ああ、これだ、これ。
まるで宙空を掠め飛ぶような、この飛翔感。
これこそが、私にとってのロードレーサー。
微細な段差なんか、魔法の絨毯の様に。
そのしなりで吸収して私を包みこんでくれる。
それこそが、この子の特性。
それはまるで羽のようにやさしく。
とてもとても心地良くて。
それに私は満足してしまっていたけれど。
そう、今まではこの羽の心地よさに満足してしまっていたけれど。
ディープ・ストライカーに乗った時に思い知らされたんだ。
それは甘えであると。
それで満足してしまったら、LOOKが可哀想なんだ、と。
その羽根は防御のためのモノではなく。
あくまでも飛翔のための“武器”なんだ。
「…………さぁ、相棒」
「私たちは私たちらしく」
「どこまでも高く翔び立とう」
「追い求めるのは“速さ”じゃない!」
「“あの時”みたいに、どこまでも“高く翔び立つこと”なんだっ!」
ストレートに備えてチェーンホイールをアウターに。
左手の人差し指と中指をブレーキレバーに軽く添わせる。
普段なら左ブレーキ全体を大きく横に捻り、ワイヤーを引っ張ってシフトアップしてたチェーンホイール。
でも、この子が手にした新しい力は。
今までの変速方法とは少々毛色が異なる。
新装備のブレーキに収められた二つのレバー。
それは今までのように、レバーを捻る必要はなく。
指先で軽くクリックできるようなギミックになっている。
その“大きい方のレバー”を指先で軽くクリックする。
―――――――カコッ。
―――――――ウィー!シパッ!
クリックが電気信号となってワイヤーを介し、フロントディレイラーへと走る。
信号を受けたフロントディレイラーは、正確無比なモーター駆動で電子音と共にチェーンをアウターへと誘う。
アウターギアが一瞬でチェーンを掴み、あっけないほど軽快に変速を終える。
―――――――ぞくぞくぞくっ!!
思わず全身に鳥肌が立つ。
これ、はっ。
この“気持ち良さ”はっ。
―――――――想像以上、だよぉっ!!
「よし、リアの変速も行くよっ!」
疾る心を抑えて、右のレバーに指を添える。
今度は小さい方のレバーを、軽く3クリック。
―――――――カコ、カコ、カコッ。
―――――――シ、シ、シパッ!
リアディレイラーが同じような電子音を立ててタイムラグなしの可動で応答する。
ステッピングモーターが正確無比にディレイラーを駆動させ、チェーンを3つ上のギアに送り込む。
「くぁ、気持ちー……っ」
一つギアを下げてみる。
右の大きい方のレバーを一回クリック。
―――――――カコッ。
―――――――シパッ!
一瞬のクリックで迅速且つ正確な変速。
アナログにはない、デジタルが持ち合わせた驚異的なそのレスポンス。
これだ。
これこそが。
私の全てを注ぎ込んでも手に入れたかった、この子の新しい力。
私と相棒を支える頼もしい力。
もう一人の相棒も陰で支えた力。
フライ・バイ・ワイヤ
シートチューブに装着した“超小型バッテリー”で可動する、電子制御変速システム。
それがこの新しく組み込んだコンポーネント、“アルテグラDi2”だ。
フラッグシップモデルのデュラエースDi2にはとても手が届かないけれど。
アルテグラなら、高校生の私でも死ぬ気でバイトすれば何とかなる。
そしてフラッグシップでなくても、充分な戦闘力を持ち合わせてるのは、もうティアグラで経験済。
事実、アルテグラDi2は旧式のデュラエースを遙かに凌駕するポテンシャルを魅せつけてくれた。
何しろ数秒掛けて変速してたフロントの変速が一瞬、なんだよ。
ワイヤーを引っ張ってする変速よりも無味乾燥ではあるけれど。
Di2は私のような非力な乗り手には最高の武器だ。
今まで以上に積極的に変速する事で、走りの質を根本から見直すことができるハズ。
これまでのギア数より1枚多い10Sのフリーも、このDi2なら効果的に使いこなせる。
羽は1枚じゃ、ただの羽でしかない。
でも、こうして一つの器官としてまとまれば翼になるんだ。
私たちはどう足掻いても。
あの二人みたいに“ロケット”にはなれない。
でも、もっと高く。
もっともっとしなやかに。
大空を翔け上がる“鳥”になれる。
この新しい翼で、私たちは翔ぶんだ。
私が手に入れたあの記憶
それはこうして今。
翼となって。
あの時のように。
は ば
大空へと羽撃たかせてくれる。
キ
ミ
それこそがKG171のポテンシャルを引き出すことであり。
わ た し
自転車乗りが持ち合わせたポテンシャルでもあるんだ。
――――――ぶわっ!
向かい風が、私の髪を跳ね上げる。
今まではただ切り裂く様にしていたけれど。
今度は翼で滑空するようなイメージで、ふわりと風に乗る。
――――――たんっ!
ペダルを蹴る。
鳥が大地を蹴って、飛び立つみたいに。
――――――くんっ!
フレームがしなる。
翼が大気を掴んで、たなびくみたいに。
するりと加速する車体。
それに呼応して追従する様に動く指先。
―――――――カコッ。
―――――――シパッ!
スムースに変速を終えたマシンが。
なめらかに風に乗って滑空していく。
あぁ、翔んでいる。
私たちは今。
間違いなく、翔んでいる。
『どこまでも速く』、それこそが最強のライバルである、あの二人。
ならば、私たちは私たちらしく、『どこまでも高く』行こう。
そう。
“刺し穿つ”のではなく。
私たちは、“翔ぶ”んだ。
今後立ちふさがるどんな困難も。
この“翼”で“飛び越えてやる”んだ。
例えば、アスカ君との会話で。
最後に言えなかった、彼のことが何となくわかっちゃう理由を。
ふわっと自然に。
言えちゃうくらいに、高く。
「……………へへ」
微笑みがこぼれ落ちた。
本人も前にいないし。
今のこのテンションなら言えるかな?
なんて思ったりして。
今ならいけちゃう気がしたりして。
すぅっと、大きく息を吸い込んで。
あの時の言葉を口ずさんでみる。
「わかっちゃうのはね?」
「私“も”、アスカ君のコトが、ね?」
「…………大好きだから、だよ」
―――――――――ぴゃぁっ。
恥ずかしさの限界を超えて。
口から吹き出した空気で変な声が出てしまう。
ぅあ、やっば。
顔、すっごく熱い。
………………はは。
全然だめだったよ、私。
行けるような気がしたけど、それは買いかぶりだったみたい。
こっちの困難を飛び越えるには。
まだまだ翼を鍛える必要がありそうだ。
―――――――ふわっ。
頬を撫でていく風が。
染まった頬を優しく冷ます。
「…………あぁ、心地良いな」
今まではただ一方的に切り裂いてきた風。
それは今はこんなにも心地よく。
こんなにも頼もしく。
そうだね。
きみ
これからはいつだって、風と共に走ろう。
私の走りの源にあるのはきっと。
みんなの想いを集めて届けること。
そう思うから。
だから。
きみ
風を切り裂いて走るよりも。
きみ
風に乗って滑空した方がきっと。
私はもっともっと。
強くなれるはずだから。
そしてきっと。
それはとても私らしいことなんだって、自信を持って思えるから。
ふわっと、私たちを包み込むように。
風がさざなみの様にそよぐ。
「………………へへ」
「…………楽しいね」
私は、今心の底からそう思う。
届けたい。
この想いをアスカ君に。
この世界、は。
かくも楽しく。
―――――優しさに満ち溢れているんだ、と。