●今回のおしながき

■登場人物:やまと、シン & モブ
■話の長さ:これでも頑張って短くしたつもりなんですあぅあぅ
■内容成分:ニヤニヤ5・純愛3・自転車2・Append微量
■重要事項:フレームの色にこだわってみました。


 








「作業はおおよそ終わってるから今日の夕方、18時には納車できると思うよ」



 
自室でうとうと寝こけていた私の眠気を一瞬ですっ飛ばしたその着信は。
いきつけの自転車屋のおじさんからの納車報告だった。




待ちに待ったその報告を受けて、スマートフォンを握りしめたままベッドに立ち上がった私は、
ガッツポーズをしたまま、バフっと豪快にマットレスへと倒れこむ。

 


「では今日の18時すぎに取りに行きます!」



 
ガッツポーズの拳を天井に突き上げながらそう答えて通話終了ボタンをタン!と勢い良くタップする。


 
夏休みもほぼ終わりかけた8月26日の午後1時。
寝落ちしてた私を叩き起こした一本の電話。

それはこの2ヶ月弱の間、私が打ち込んできた“とある計画”の終了を告げる報告だった。



一度別のマシンに乗ったことで見えてきた、“自分の走りの改善すべき箇所”。
そして自分の走りを見直すことで見えてきた、“LOOKの機体構成の改善すべき箇所”。



そして溢れ出した記憶というアシストを受けて、それはさらに具体的な構想となって。
私たちが、もっと強くなるための“新装備”を導き出す。



ここまでが梅雨に入った頃の話、ね。



そうしたらもう、止まらなかった。
寝ても覚めても、そのコトで頭がいっぱいで。



成績を落とさないことを条件に両親からアルバイトの許可を貰って。
それからというもの、ただひたすらに続いたバイト、勉強の毎日。



目標額に溜まるまで、バイトして勉強して寝るだけの日々がおおよそ1ヶ月強続いた。
ちなみに目標額は……ママチャリ10台分くらい、とだけ言っておこうかな。あとは想像に任せるよ。



そしてやっとの思いで目標金額に達し、歓喜の叫びとともに行きつけのお店で部品注文。
取り寄せにさらに2週間。


その間に、ワイヤーやパーツの取り回しの詳細をおじさんと相談しながら決めて。
組み付けに順番待ちの時間も含めて3日。


以上で、私の夏休みはほぼ終了。
自分で言うのもなんだけど、女子高生としてどーなんだろ、ソレは。



まぁ、そういう訳で。
猛烈な質量で駆け抜けて行ったこの2ヶ月弱。




待ちに待ったというレベルじゃないよねコレ。
そりゃ私だって全力のガッツポーズくらいするよ。


 
ようやく、ようやく“あれ”が形となるんだ。
へへ、楽しみだぁ。早く触ってみたいなぁ。




思わず頬がにやける。
夕方まで待ちきれないよ。



さて、なにはともあれ、一発で目が覚めてしまったw
夕方まで時間を持て余すのもなんだし、シャワー浴びてどこか出かけて時間を潰そう。



化繊のTシャツとハーフパンツをがばちょと脱ぎ捨てる。
汗ばんでるから、脱衣所まで着ていくのがうざったい。
 



―――――抱きしめて、シャニティアァァアァアア♪


 

脱いだ服を片手に部屋を出ようとノブに手を掛けた瞬間、轟き響く聴きなれない着信音。
こう、さすがにそのいたずらは二度目だからもう驚かないよ。



驚かないけど量刑は鼻からレッドブルだから。



そこはしっかり対応するから覚悟しておくように。
つーか、さっきは普通の着信音だったのに変な設定にしてからにもう。



ふんす、と肩を怒らせてスマフォを手に取って、通話スライダーをスワイプしようとした指先がぴくりと止まる。
画面に表示されたその名前に鼓動が跳ねる。



そういうことね、こう。



よく解ったよ。
鼻から粒マスタードの刑に格上げだからそのつもりで。


 
うん。冗談はさておき、だよ。


 
バイトと勉強に明け暮れて最近あんまり会えなかったその人。
どんなにそれが寂しかったか、それを言葉にするのは難しい。



液晶に表示されるその人の名はもちろん紅い瞳の彼。


 

―――――シン・アスカ。
 



「あー↓、あ、あー↑……こほん」



 
無意識に発声練習をしてから通話スライダーを指でなぞる。
彼との会話は久しぶりだから、心なしか指先が震えている。



 
『もしもし、永森?今、電話大丈夫か?』



 
耳元で響くその声に脳みそが溶ろけそうになる。
優しく髪を撫でられた様な感覚がして、喉が鳴りそうな自分を止められそうにない。



 
「ん、アスカくん、ひさしぶり。でんわ、だいじょぶだよ?」



 
でもその想いがこぼれ落ちないように、努めて普通に返事をする。
それでも私にしては大分甘めの声色になっちゃってるんだけどね。



てか今、努めて普通に自分を見たら、私ってば半裸だよ(苦笑)。
でもまぁ、電話だし、実際見えちゃうわけでもないし、まぁいいか。


 

―――――というか本音言うと。
 



彼になら見られてもかまわないし。
それでいつもクールなカンジの彼が。


 
“あの時”みたいに狼狽して取り乱して欲しいな、なんて思ったりもするし。


 
…………って馬鹿。
何言ってるんだ私。



んっと一発、照れ隠しの咳払い。
兎にも角にも、今は余裕を手繰り寄せたい。


 
「今いつものファミレスなんだけどさ、暇だったら久しぶりに顔合わせないか?」
「…………会って話、したいんだ」

 


――――――ふきゅっ!



 
………ぅあ、やば。




狼狽して喉から漏れた空気が、変な音を鳴らしてしまった。
むむ、直球の誘いとは畳み掛けてくるね。今日のアスカ君。

 
そうだね、せっかくの休みだし。
久しぶりだし。それもいいかも。

 
なんて、できるだけ冷静を装ってそっけなく言う。


 
『会いたい、よ』
『顔が見たいよ』


『話がしたいよ』



 
そういう本音が漏れないように、できるだけそっけなく。



そんな欲求を必死で堪えて明け暮れたバイト三昧の日々。
照れくさいからキミには絶対に内緒だよ。


 
「じゃ、適当に待ってる」

「すぐ行くよ。待ってて」

 

――――――ピッ。
 


そっけないいつもの二人の通話の終わり方らしく。
余韻もへったくれもなく電子音がぶつ切れる。


私たちは会話の余韻に浸るような間柄じゃないから、それは仕方ない。


 
どちらかと言えば、さっさと電話を終えて。
一刻も早く実際に会いたい、そんな距離感なんだもん。



それは私に限っての話だけど。
アスカ君はどうだろ?
 

 
……………唐変木だからなぁ、彼。



 
 
ま、いいやw


考えても答えにたどり着けないことに想いを巡らせても
それはきっと詮なきこと、なんだよw





という訳で、シャワーを浴びてこようw
 



 


 

「ふー、さっぱりしたよー」


       くしけず
濡れた髪を指で梳りながら、お気に入りの服から良さ気なモノを(わりと真剣に)選択。
一応自転車に乗る訳だし、ある程度タイトなシャツにハーフパンツとかになっちゃうな。


なんかいっつもハーフパンツで会ってる感じだなぁ私。
スカートとか、制服のしか見てもらった記憶がないよ。

 

むむ、今度スカートで会いに行ってみようかな。
あー……でもキョトン顔されるのも傷つくなぁ。



そんなことに想いを馳せながらw



結局、“普通に見えて何かセンス良さそうな組み合わせ”という方向性に落ち着いた服を身にまとい、
代車のロードレーサーを肩に担いで玄関まで運ぶ。



場所はいつものファミレス。
なら、ここから自転車でおよそ20分の行程。

 

あ、でも今日は30分くらいかかるかな?

 

代車のマシンは、3世代前のクロモリフレームだし。
組み合わせられたコンポーネントは、今は無き骨董品“RX100”だし。


RX100が装備する8S(8段)のギア数は、実用において特に問題ないとしても。
ぶっちゃけた話、クロモリフレームが苦手なんだよね、私。


乗り心地とか以前に、重いのがダメ。


堅牢性や信頼性はすごく重要な要素だっていうのはもちろんわかってるんだけどね。
それでも、あの独特のにゅくりっとした乗り心地と重さがどうしても私の脚質に合わないんだ。

………まぁ悪いのはクロモリじゃなくて、単純に私の貧脚のせいなんだけど。

 


「よいしょ、と」

 


乙女ならざる掛け声と共に、代車にまたがる。
そのまま一連の流れで、クリップペダルにスニーカーをねじ込む。

 

人を待つのも、待たせるのも好きじゃない。
できる限り早く、目的地へ到達しよう。

 

ぐっと、足首に力を込めて。
フレームの重みを頭の中でしっかりとイメージして、踏み出す。





 

――――――ぐるんっ!!





 

「ぅわっ!」



  

予想に反して、くるりと勢い良く回るペダル。
つかなんだこれ、漕ぎ出し軽っ。





 

…………足元を見て、『たはは』と苦笑。


 チェーンホイール         インナー
“前のギア”が“小さい方”に入ってる。




街乗りだからってローギアで走って、そのままだったよ。
すっかり忘れてた。




何と言うケアレスミス。
しっかりしろ、私。




いくら会えるのが嬉しいからって。
どんだけ浮かれてるんだ、私の馬鹿。




―――――――かち。

 



左ブレーキを内側いっぱいにひねってホールド。

 

 

―――――――ぎちっ。



 

レバーがシフティングワイヤーを引っ張って変速機構が仕事を始める。

 

 

―――――――がちゃり、ぎぎぎ。

 

 

         ディレイラー
フロントの“変速機”が音を立てて。
          ア ウ タ ー
チェーンを“でっかい方”のギアに誘う。

 


―――――――ががが、がち。
―――――――ぎち、ん!

 


ブレーキをひねったままワイヤーを固定して、およそ3秒の時間を掛けて変速完了。
その3秒でマシンはハイギアードスピードモードへと特性を変える。

ようやく捻ったままのブレーキレバーを離して、私は加速を開始する。

 


―――――――ぬぅん!

 


踏み抜いたペダルに呼応して、にゅくりっと加速するマシン。




実にフラットでニュートラルな乗り心地。
LOOKの様な飛翔感はないし、ディープ・ストライカーの様な疾走感もない。



これはまぁ、値段も時代も違うフレームだし仕方ない。
クロモリフレームの良さは重さ故の安定感。



スピードさえ求めなければ私の体力に最も合うフレームなんだよね。きっと。
ただ、回していくとなると、私の脚力じゃ重くて無理なだけ。

 

そうだなぁ。

 

いつかクロモリのオールドロードレーサーを自分でレストアしてまったり乗ったりとかも良いのかも。
この乗り味に深みを感じられる様な自転車乗りになれたら、真剣に考えようかな。



自転車乗り。
私は自転車選手じゃあなく、自転車乗りなんだ。

 

うん、そうだね。
私は、そうありたい。



ロードレーサーなら、その子が持ち合わせたポテンシャルを、可能な限り引き出して。
ランドナーなら、出来るだけ周りの景色を楽しみながら、旅を楽しんで。

そういう自転車乗りでありたいな。

 

 

―――――よし。

 

 

気持ちも出来上がったし。
いっちょ気合入れて行きますか。

 

「……………っ」

 

                 ケ イ デ ン ス
膝から下を鞭のようにしならせて、“ペダルの回転”を上げていく。
                          ハートレイト
とくんとくんと、それにシンクロする様に上がっていく“心拍数”。

 


――――――くんっ。

 


そして目の前の空気をしなやかに切り裂いて。
その隙間に身体を滑りこませていく。

 

 

「最初の一声、どんなふうなのが良いかな?」

 


「………会いたかったよ、とか?」
「………寂しかったんだよ、とか?」

 

「や、もっとなんというか、私らしく」

 

「でも突き放した感じにならないように」

 


独り言と百面相を繰り返しながら、走り慣れたファミレスまでの道のりを疾走する。
久しぶりの邂逅に心躍る、自分自身に照れながら。

 

 

胸からこぼれ落ちるほどの幸せを感じながら。






 





永森劇場APPEND エピソード2.0

「大 好 き だ か ら、 だ よ」





                      continue→



                               


                         

project TEAM FLYDAY 
Sinse             07/25/2006
Last Update    08/31/2012